◉ 物語の舞台、ランド研究所は第二次世界大戦後のアメリカ合衆国に誕生したシンクタンクで、空軍の創設者、ヘンリー・アーノルド元帥がダグラス・エアクラフト社の幹部に命じて設立したプロジェクト・ランドを母体とする民間企業である。本書は、“核の真珠湾攻撃” に脅え、全人類を “ヒロシマ型” の滅亡へと導く核兵器が作りだした東西冷戦期において、フリシチョフ率いるソ連戦略ロケット軍に挑む数理至上主義者たちの物語である。
図は、戦後、刊行されたP. M. モース、G. E. キンボル『オペレーションズ・リサーチの方法(英文)』pp. 93-4の対潜水艦ORの説明図。
1.物語のはじまり
▼ アレックス・アベラ『ランド:世界を支配した研究所』、文芸春秋(2008)・文春文庫(2011)
第二次世界大戦中、米英両国でも多くの科学者が戦時研究に動員された。そのなか、数学者たちは、たとえば、ドイツ軍のUボート(潜水艦)から民間商船を守る方策、護送方法、Uボートを確実かつ効率的に探索する飛行経路の生成問題(Uボートは上空から発見できた)などの数理的課題に取り組んだ。これらの研究の一部は、戦後、オペレーションズ・リサーチという分野名を冠して、数理システム論のひとつの体系としての姿を現す。その研究成果は、今では、大手ネット通販の配送センターでの商品ピックアップ経路生成、超高層ビルにおけるエレベータ群の運用設計、巨大プロジェクトにおける工程スケジューリングなどの問題に当たり前のように使われている。
その後、戦時体制が終わり、それら有能な人材の軍からの離脱を食い止めるとともに、核戦略時代を迎えて、数学的な定式化が特に難しい問題(“不確実性のもとにおける意思決定問題”などと呼ばれる)にも取り組む“科学者顧問団”の設立が喫緊の課題となっていた。
ランド研究所(ランド・コーポレーション、ランド社)は、数値至上主義者の集団、“合理性教会”(チャーチ・オブ・リーズン)の信徒たちと揶揄されたが、多くのノーベル賞受賞者を輩出したアメリカ国家安全保障政策提言の要である。本書の原題『ソルジャーズ・オブ・リーズン』(合理性の戦士たち)はここから来ている。1916年創立の米国シンクタンクの草分け、ブルッキングス研究所とは、かなり様相が異なる。
1-1 ランド・コーポレーションとシンクタンク
ランド・コーポレーションという名称には「ランド研究所」という訳語とは異なる独特の響きがある。ランドは
研究開発(Research ANd Development)
の略語 RAND である。一方、コーポレーションはこの組織の法的分類「非営利企業(ノンプロフィット・コーポレーション)」に由来する。学際的連携(インターディシプリナリー・コオペレーション)のコオペレーションを想起させることから、時折、RAND Cooperation とする文献を見る。なお、訳語「ランド研究所」が一般化する前は「ランド社」であった。
“シンクタンク” は政治、経済、社会、経営、科学技術、文化などに跨る広範な領域における複合的な問題や課題に対処する政策を提言する研究集団を意味する用語であり、それら各分野の専門家を常勤、非常勤として抱えたうえで非営利団体という形態をとることが多い。日本では強力な官僚組織がそれに該当したといわれるが、ランドのようにノーベル賞受賞者を数多く抱えたことはない。一般に、研究集団がシンクタンクと称されるための5条件が知られている(小川英次他編『経営学の基礎知識』)。
- 独立性(インデペンデント)
- 未来指向(フューチャー・オリエンテッド)
- 政策指向(ポリシー・オリエンテッド)
- システム指向(システム・オリエンテッド)
- 学際性(インターディシプリナリー)
この意味において、確かにランド研究所はシンクタンクであるが、人工知能やインターネットの興隆などにもつながる先駆的研究も多く、結果的に、非軍事部門のシステム開発において、概念設計のフェーズを担った研究機関と考えてもよいだろう。
1-2 ランド研究所の関係者たち
本書『ランド:世界を支配した研究所』にも、副主人公格で登場するダニエル・エルスバーグの『世界滅亡マシン』(原題『ザ・ドゥームズデイ・マシン』)が2017年に米国で出版された。同じ年、イギリスで外交官を長く務め、その後、現代史家として活躍するロドリク・ブレースウェートの『ハルマゲドン:人類と核』(原題『アルマゲドンとパラノイア:核対立』)も出版されている。こちらは、当事者としてのエルスバーグの著作とは雰囲気が違う。圧倒的な歴史認識と世界情勢認識を背景として、その語り口は、終始、冷徹である。『ハルマゲドン:人類と核』の第6章冒頭、ランド研究所の “破片手榴弾”、ハーマン・カーンのつぎの言葉がエピグラフとして掲げられている。
「ソ連の侵略行為を罰する見返りに命を落とす人間が、借りに一億八〇〇〇万人だったとしよう。さすがに多すぎると言うのなら、いったい何人までなら、許容範囲なのかね」(ロドリク・ブレースウェート『ハルマゲドン:人類と核』上巻 p.202より)
カーンは後にランドを離れ、「ハドソン研究所」を創設する。ランド在籍時代から「メガデス(大量殺戮)」に関するギャグを好み、長身で巨漢、ユーモラスな演説で聴衆を魅了するが、道徳的嫌悪感を欠く衝撃的な話しの数々に、聞き終わって嘔吐する人もいたという。この「第6章 想定外を想定する」において、ブレースウェートは、ランド研究所の印象をつぎのように語っている。やや長い引用で申し訳ないが、つぎのようなものである。
核をめぐる公開論争は当初、キャラの立った民間の理論家たちを中心におこなわれた。軍事がらみの経験はほとんどないが、途方もなく頭が切れ、一種独特な発想の持ち主ばかりだった。彼らの書いたものは実に明快で、優雅で、聞くと一瞬分かったような気にさせられたものである。彼らが披露する、どこか秘密めいた、相当に込み入ったアイデアの数々は、知的好奇心を刺激し、まさに真剣勝負、その情報量たるや膨大なものだった。(中略)これらの戦略家たちの多くは、米空軍が一九四五年に設立したシンクタンク「ランド研究所」と関係をもち、その専門分野は経済学、数学、心理学、社会学、人類学、政治学と多岐にわたった。彼らはまた、システム分析やゲーム理論、線形計画法やコンピューター・サイエンスといった、まだ初期段階にあったこれらの学問分野の発展に寄与した。この面々の中から、のちに三〇人ものノーベル賞受賞者が誕生するのも宜なるかなである。(ロドリク・ブレースウェート『ハルマゲドン:人類と核』上巻 p.203より)
写真は、ランドの国家戦略研究者、ハーマン・カーン(右;『ランド:世界を支配した研究所』p.131)と本書の主人公、アルバート・ウォルステッター(左;clausewitz1780)
ランドの人脈については、本書『ランド:世界を支配した研究所』巻末に6ページに渉って要約されているが、私、探訪堂の好みの人物も含めて、ランド研究所に関わりのある主な人物を生年順にピックアップしてみよう。なお、英語版ウィキペディアの「RAND Corporation」では 80 名近くのランド関係の著名人が列挙されている。さらなる詳細はランド研究所のホームページから辿ることができる。
- 第二次世界大戦下の米軍におけるオペレーションズ・リサーチ研究の先駆者、物理学者、ランド研究所の設立当初の理事会メンバーとして知られるフィリップ・モース(1903 - 1985)
- ゲーム理論の創始者・原水爆開発の推進者、ジョン・フォン・ノイマン(1903 - 1957)
- システム分析のエドワード・クェード(1908 - 1988)
- 軍事情報史家で『パールハーバー:警告と決定』などの著作で知られるロバータ・ウォルステッター(1912 - 2007)
- ソ連邦の政治システムに精通した社会学者・政治学者のネーサン・ライティーズ(1912 - 1987)
- 非脆弱性とフェイルセーフの概念の提唱者で核抑止論のアルバート・ウォルステッター(1913 - 1997)
- 線型計画法・シンプレックス法の生みの親、ジョージ・ダンツィーク(1914 - 2005)
- 微分ゲーム理論のルーファス・アイザックス(1914 - 1981)
- ノーベル経済学賞受賞者で顕示選好理論の提唱者、経済学の多くの著作でも知られるポール・サミュエルソン(1915 - 2009)
- ノーベル経済学賞受賞者・一般問題解決アルゴリズム、人工知能研究のパイオニア、ハーバート・A・サイモン(1916 - 2001)
- 惑星科学者で偵察衛星開発の先駆者、マートン・デイヴィーズ(1917 - 2001)
- 動的計画法のリチャード・ベルマン(1920 - 1984)
- ノーベル経済学賞受賞者で合理的選択理論の提唱者、ケネス・アロー(1921 - 2017)
- 核戦略と中性子爆弾のサミュエル・コーエン(1921 - 2010)
- 国防官僚で総合戦略評価(ネットアセスメント)の第一人者、「ペンタゴンのヨーダ」とよばれたアンドリュー・マーシャル(1921 - 2019)
- 映画『博士の異常な愛情』のドクター・ストレンジラブのモデル、核戦略理論のハーマン・カーン(1922 - 1983)
- 国際政治学者のヘンリー・キッシンジャー(1923 - 2023)
- インターネットの基礎を築いたパケット通信のポール・バラン(1926 - 2011)
- ノーベル経済学賞受賞者で数学者、映画『ビューティフル・マインド』のジョン・ナッシュ(1928 - 2015)
- 哲学者で人工知能批判の第一人者、ヒューバート・ドレイファス(1929 - 2017)
- 微分位相幾何学の創始者、ランド研究所ではナッシュと組んで \(n\) 人ゲームを研究したジョン・ミルナー(1931 -)
- 指揮統制論、核戦略の研究者でベトナム戦争の機密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」のダニエル・エルズバーグ(1931 - 2023)
- 情報科学部門のリーダーで計算可能性理論のノーマン・シャピロ(1932 - 2021)
日本人では国家戦略論の岡崎久彦(1930 - 2014)も在籍していた。
2.内容紹介
さて、本書である。
1980年代の終わりころ、私、探訪堂は、第二次世界大戦終結後に書かれたルーファス・アイザックスの微分ゲーム理論、リチャード・ベルマンの不変埋め込み法、エドワーズ・クェイドのシステムズ・アナリシスの原典など、機密指定外の “ランド社” の文書を閲覧すべく、足繁く永田町の国会図書館に通っていた。それらは、マイクロフィルム化され、タイプライターで打たれた報告書で、多くの場合、数式部分は手書きで書き足されているという代物だった(今ではランドのホームページから直ちにダウンロードできる)。あれから幾星霜。出張帰りにふと立ち寄った、今はなき東京駅徒歩数分の八重洲ブックセンター1階平台に積み上げられていた本書を発見したとき、この秘密のベールに包まれたランドを、いったい、どうやって取材したのかと、随分、驚いたものである(この疑問は本書「あとがき」を見て氷解する)。
2-1 本書の構成
本書は、六部構成、全22章、目次には各部ごとの短い概要が付けられてる。著者、アレックス・アベラはロサンゼルスタイムスの寄稿ライターで作家、本書のほか、ヒトラーによる対アメリカテロ計画を扱った『シャドウ・エネミーズ』などのノンフィクション作品がある。
アレックス・アベラ『ランド:世界を支配した研究所』、牧野洋訳、文藝春秋(2008)、pp.423+6 (Alex Abella、“RAND Corporation: Soldiers of Reason and the Rise of the American Empire”、Houghton Mifflin Harcourt(2008))
第一部 ランド誕生
《大戦後、空軍の戦略研究のために生み出された研究所、ランド。物質的な合理性と数値を土台とする研究は、その後のアメリカ政治の巨大な礎となった。》
「東京大空襲」からはじまった/研究対象は「人間」/「合理的選択」と「ゲーム理論」
第二部 軍産複合体に成長
《ソ連との核戦争間近。いかに防ぐか、そして核戦争に生き残るか——。高まる緊張のなかで、それは生まれ、アイゼンハワーは倒された。》
核戦略家ウォルステッター/「フェイルセーフ」/死の道化師ハーマン・カーン/スプートニクの衝撃
第三部 ケネディとともに
《力強さを掲げた新政権は、若い人材を登用していった。ランドのスタッフも次々と新政権に入りこみアメリカを動かしていく。ベトナム戦争へと——。》
大統領選下の密談/マクナマラの特使たち/脳神経から「インターネット」を発想/ソ連問題の最終解決案/ベトナム戦に応用された対ソ戦略
第四部 ペンタゴンペーパーの波紋
《一九七一年六月、ベトナム戦争の機密レポートが暴露され、ニクソンの政権は動揺する。それは将来を期待されていたスタッフがランドから持ち出したものだった。》
エルスバーグの運命を変えた一夜/民政へのシフト/国家機密漏洩/医療費自己負担を根拠づける/デタントを攻撃
第五部 アメリカ帝国
《レーガン政権はランド出身者を重用。対ソ強硬路線、市場原理主義がとられる。ソ連の崩壊は彼らに大いなる自信を与えたが——。》
ソ連の退場/独自のテロ研究と9・11/ネオコンによる帝国の建国/イラク占領
第六部 そしてこれから
《二十一世紀。いまや多くのシンクタンクが生まれ、ランドの絶対的地位は失われた。しかしランドの生み出したこの世界に、私たちはいまも疑いもなく住んでいる。》
戦略家の死/エピローグ ランドはどこへ行く?
あとがき/注記/訳者あとがき/世界を動かしたランドの人脈
2-2 ランドの立ち上げ
物語は1945年10月、ヘンリー・アーノルド元帥(1886 - 1950)がダグラス社の幹部、フランクリン・コルボム、アーサー・レイモンド、ドナルド・ダグラスを訪ねる場面から始まる。同年12月、あの東京大空襲の指揮官であり、その非人道的な言動から「発狂している」とも称されたカーチス・ルメイ将軍(東京大空襲当時准将39歳)が合流、自らが監督となり、ダグラス社内に新組織「プロジェクト・ランド」を立ち上げる。ランドの研究成果は、直接、航空参謀総長ルメイ少将へ報告された。ルメイはビジョンだけでなく常に細部を要求した。一方、空軍自体は「金は出すが、口は出さない」という方針を貫いたのである。
新組織の責任者を任され、プロジェクトの1人目の職員となったのはコルボムだった(レイモンドは本社に残った)。5人目の職員は初代の数学部長で、コルボムの右腕となったジョン・ウィリアムズであった。130キロを超える巨体の持ち主であり、深夜の暗闇を、キャデラックの大型エンジンと対警察車両用最新式レーダーを搭載した改造スポーツカーで爆走するという趣味をもつ数学者ウィリアムズの合流により、空軍からの委託業務は急増する。彼自身は “数学者” として「戦争一般理論」の構築を目指していた。設立当初、所属する研究者はエンジニア、物理学者、数学者などに偏っていたが、彼らが扱えるのは数理的・物理的な問題であって、戦略的な意思決定において必要とされる各種技術・手段自体を比較評価する訓練を受けていない。戦略的課題は人間の心理や価値観の問題にも関連し、ランドの数値至上主義だけでは、人間それ自体を補足できない。そのため、経済学と社会科学の専門部会を立ち上げることになり、コルボムとウィリアムズは部長候補者の人選に奔走した。
政治学、経済学、社会学の関連部門の拡張とともに、1947年当時に “悪魔のような戦争屋集団” と罵られていたランドはNPO化を目指すことにした。そして、地方自治体等を含めた委託先拡大を念頭に、綱領を
すべてはアメリカ合衆国の公共福祉と安全保障のために、科学、教育、慈善活動を一層振興する
として、西海岸の有力銀行、ウェルズ・ファーゴと、当時世界最大の慈善団体であったフォード財団から多額の資金支援を得て、翌1948年、ダグラス・エアクラフト社から独立、ランド社(ランド研究所)を誕生させる。部課名も大学風の “デパートメント” に改め、さらに「学生なきキャンパス」を謳い文句に、米国最高の頭脳を集めてゆく。
2-3 ランドの社風と殺人委員会
“空軍のお気に入りのシンクタンク” として、多くの研究を受託契約し、数学者、技術者、天文学者、心理学者、論理学者、歴史学者、社会学者、航空力学者、統計学者、化学者、経済学者、コンピュータ科学者を次々と獲得してゆく。ランド研究所の研究者や在籍者は「ランダイト」とよばれている。彼らは、国家機密プロジェクトを手がけていることから、身元調査が済んでいる同僚たちとしか、仕事の詳細を語れない。学会発表など、もってのほかである。そんな彼らは、どのように仕事をしていたのか。本書第2章から関連箇所を引用しておこう。
コルボムとランドの理事会は、ランド内部で独創的・創造的な思考を促すうえで最も効果的な方法は、研究者全員に同等の権限を与えて競争させることだと固く信じていた。そんなわけで、ランダイトはどんな分野であっても同僚を出し抜こうと、いつも必死だった。小論や研究報告書は同僚の間で回覧され、そこに同僚が書き込むコメントはいつもおびただしい数に上り、論争の的になった。ランドの新規プロジェクトはいわゆる「殺人委員会」の審査を受けた。殺人委員会は定期的に開かれる部会で、そこではランダイトが同僚のアイデアを批判し、粉砕することに喜びを見いだしていた。(本書 p.52)
そのような対抗意識はオフィス外にも持ちだされた。テニストーナメントやボート競技、パーティで妻が出す手料理や高級ワインなどをめぐる競争の数々が紹介されている。ダニエル・エルスバーグ『世界滅亡マシン』では、討議のメモ取り役で参加した “若輩者の” エルスバーグの質問に対し、ハーマン・カーンが苛立つことも無視することもせず、じっと見据えたうえで「君は完全に間違っている」と言った、という話しを引用、続いて
ケンブリッジのキングスカレッジやハーバードの特別研究員会では、議論がこのように手加減のない、真剣勝負の形をとることはまずなかった。
と述べた上で、冷や汗がでるどころか、ついに居場所が見つかった、という喜びにつつまれたというエピソードが語られる。
2-4 冷戦の始まり
第二部からは、本書の主人公、ランド研究所の精神的支柱であり希有の核戦略家、アルバート・ウォルステッターが登場する。ウォルステッターは最初、ランドの数学部に雇われたが、すぐに、戦略空軍司令部向けの研究プロジェクトの責任者となった。戦略空軍司令部の司令官はランドのドン、カーチス・ルメイ将軍であり、核によるソ連殲滅作戦を提唱していた。
ランドのクレムリン研究家、ネーサン・ライティーズによれば、ソ連は、
領土的に世界を征服するという教義上の原理主義を掲げる、飽くことを知らない帝国
であり、この傾向は帝政ロシア以降、変わっていないという。第二次世界大戦において、軍民合わせて2000万人を超えるというケタ違いの戦争犠牲者を出しながらも、戦後も引き続き、ユーラシア大陸支配を画策するクレムリン指導部に対抗できるのは米国だけであり、世界最後の砦であるという認識である。ルメイは「都市部を消せば、ソ連は消える」と信じていた。一方、原爆の最初の実験場、アラモゴードで、その閃光を目撃したマンハッタン計画の責任者、ロバート・オッペンハイマーは、夜な夜な、「我は死なり、世界の破壊者なり」と唸り現れる四本腕のヴィシュヌ神に脅え、自らの関与を悔い続けるのであったが、彼は米国とソ連を「瓶の中の2匹のサソリ」に喩えた。その喩え通り、ウォルステッターは、組織を総動員した精密な数値的検討を行って、戦略空軍司令部が用意する先制攻撃用爆撃機の85%はソ連軍の戦術核爆弾によって破壊されることを、ソ連軍を侮るルメイに示したのである。
「広島」以後、核兵器は世界に誇るべき新兵器ではなく、空より来る恐怖の大王であり “人類の自殺行為” を意味するものとなった。そのため、攻撃力以上に抑止力が重要であり、この恐怖はやがて自動的に均衡する、というバーナード・ブロディーらによる根拠不明の考え方が主流になりつつあった。そのような単純な見方を一変させたのは、1957年10月、セルゲイ・コロリョフが主任設計者を務めるエネルギア製大陸間弾道ミサイル R-7 による世界初のソ連の人工衛星、スプートニクの打ち上げ成功である。1958年1月、米国は人工衛星エクスプローラー1号の打ち上げに成功するものの、ソ連は「戦略ロケット軍」を1959年12月に創設、第一書記ニキータ・フルシチョフは、今や我が国はソーセージを作るようにミサイルを量産していると主張し、あのアメリカが恐怖で身震いを始めていると嘲笑った。実際、それまでの爆撃機格差(ボマー・ギャップ)に替わり「ミサイル・ギャップ」問題が急浮上、米国は “集団ヒステリー” 状態に陥っていた。その混乱の最中、アルバート・ウォルステッターは「きわどい恐怖の均衡」という有名な論文を一般紙に発表する。この歴史的な評価を得る論文について、本書から、少しだけ引用しておこう。
ウォルステッターの論文は、それまでに書かれたどんな論文よりも説得力をもって米ソ関係の見直しを訴えた。核競争が絶え間なくエスカレートし、結果として米ソ両国がそれぞれ全世界を何千回も破壊できるほどの軍事力を手にする事態に、どうやって向き合えばいいのか——。これを議論する土台を築いたのがウォルステッターの論文なのだ。(本書 p.160)
ランドの戦略研究家ブロディー、所長コルボムとの確執から1963年にランドを解雇されたウォルステッターは、カリフォルニア大学バークレイ校を経て、シカゴ大学政治学部教授となる。以後、新保守主義(ネオコン)の軍事戦略の思想的拠り所となっていく。
さらに時代は進み、核基地の非脆弱化、偵察軍事衛星、弾道ミサイル原子力潜水艦、レーガン政権下の戦略防衛構想(SDI)、ソ連邦崩壊という流れで物語は展開する。途中、ポール・バランのパケット通信によるインターネット構想、国防長官ロバート・マクナマラとベトナム戦、ダニエル・エルスバーグによる機密文書漏洩事件、医療制度改革、ドナルド・ライスによる “ランド研究大学院” の設置などの話題が挟まれる。
3.考察
残念ながら、本書は国家安全保障の話題が中心であり、カバー右見返しのキャッチコピー
全てを数値におきかえる
ゲーム理論、合理的選択論、フェイルセーフ、システム分析/限定戦争論、そして市場原理主義/議論や理念、そして人間の感情までも/数値と方程式におきかえ世界を支配することになる/
さまざまな理論をつくりだした研究所のなかの研究所/その全貌を初めて明らかにした衝撃のノンフィクション
から期待されるようなランドをランド足らしめる “数値至上主義” の手法、具体的には、オペレーションズリサーチ、システムズアナリシス、ゲーム理論、デルファイ法、モンテカルロ法、人工知能、人工衛星群の運用(地球観測衛星、GPS)理論など、数理システム論分野の動向解説は驚くほど少ない。ここでは、主として、ランド研究所のホームページで公開されている文献から、ほんの少しだけ補っておこう。
1948年、ダグラス・エアクラフト社から独立、ランド社(研究所)として再出発した際、綱領に「アメリカ合衆国の公共福祉」のために、という一文が加えられたことは本文で紹介した。その目的達成のため、以後、国家機密を扱わないプロジェクトの受託も増加する。ランドが得意とするオペレーションズ・リサーチ(作戦研究)という分野は、もともと地方公共政策や民間企業における経営科学の分野とも親和性が高く、また、学問として発展の初期段階にあったため、方法論的概念、分析設計ツール、個別的な技術の開発が求められていた。この期間、ランドがこの分野において、どのような貢献をしたかについて、多くの報告書が公開されている。たとえば、報告書(P-7857)、
G. フィッシャー、W. ウォーカー『オペレーションズ・リサーチとランド研究所(英文)』(1994)
によれば、プロジェクト・ランド時代を含めたランドの報告書の第1報は、1946年5月付けで出された人工衛星の設計と活用に関するものだった。その報告書は、ランドのホームページからダウンロードできて、3部構成、タイトルは
『実験的地球周回スペースシップの予備設計(英文)』、1946年5月2日、pp.236+94
である(このことは、ランドのホームページでも紹介されている)。全17章、各章は1〜3名の連名文書で、著編者合わせて17名。紙面は計算式で埋まっている。付録には機体のイメージがある(下図)。
フィッシャーとウォーカーによれば、1994年のランド研究所は、約600名の研究者と500名のサポートスタッフを要する組織であり、研究者の36%がオペレーションズリサーチ、数学、物理科学、エンジニア、統計学関係の専門家であるという。以下、10年ごとに、オペレーションズ・リサーチ分野を中心とした主要プロジェクトと関係者、研究成果の概要が述べられている(やや専門的に過ぎるので割愛する)。
なお、ランドのホームページに掲載されている重要プロジェクトを少しだけ列挙しておこう。
- 1946 初の衛星設計(ソ連のスプートニクに先立つこと11年)
- 1948 ジョニアック(コアメモリー付きメインフレームコンピュータ)
- 1954 戦略空軍基地の選定と活用(費用対効果分析)
- 1955 乱数表(モンテカルロ法に関連したランドのベストセラー)
- 1957 情報処理言語 IPL を使った初の人工知能プログラム
- 1958 偵察衛星システム
- 1961 ランド・タブレット(iPadの原形のひとつ)
- 1962 パケットスイッチング(インターネットの原理)
- 1970 火星、金星、木星、土星などの衛星探査における画像解析技術
- 1973 火災事故即応シミュレーションシステム(ニューヨーク市)
- 1974 コンピュータセキュリティ問題
- 1984 戦略防衛構想(SDI)
- 1987 成層圏オゾン層の破壊問題
4.国立国会図書館/個人送信サービスから
このコーナーでは、「国立国会図書館デジタルコレクション」の「個人送信サービス(無料)」を利用して、手元端末で閲覧可能な書籍を紹介します。下の各記事のバナー「国立国会図書館デジタルコレクション」からログイン画面に入ります。未登録の場合、そこから「個人の登録利用者」の本登録(国内限定)に進むことができます。詳細は当webサイトの記事「国立国会図書館の個人向けデジタル化資料送信サービスについて」をご覧下さい。
4-1 浅居編著『現代 システム工学の基礎』
▼ 浅居喜代治編著『現代 システム工学の基礎』、オーム社(1971)
ランドといえば、何といっても「システムズ・アナリシス」と関連分析手法の数々でしょう。オペレーションズ・リサーチが、“今、現在” を扱うのに対し、システムズ・アナリシスは “不確実な未来の問題” の分析結果を意思決定者に提示します。チームを編成する必要があります。自然科学者やエンジニアだけでなく、経済学者、政治学者、社会科学者、心理学者も議論に加わり、自身の専門的知見に基づいて、“そのような分析に意味があるかないか” を議論します。Systems Analysis を「システム分析」と訳す時代もありましたが、情報システム解析などと混同されないため、“システムズ・アナリシス” の使用が主流です。
ここで紹介する 浅居喜代治編著『現代 システム工学の基礎』は1979年に発行された大学学部向けの代表的な教科書で、「国会図書館利用者の本登録(無料)」が済んでいれば、「国立国会図書館デジタルコレクション」の「個人送信サービス」によって直ちにオンラインで読むことができます(無料)。
第1章 総説
システムとシステム概念/システム工学の発達と領域/システム工学の考え方とアプローチ/演習問題
第2章 システムモデル
モデリングの基礎概念/数学モデルの作成/図的モデルの作成/その他のモデリング手法/演習問題
第3章 システムの特性と解析
システムの特性/システムの安定性/可制御性と可観測性/システムの感度解析/システムの信頼性/安全性/不確かさとあいまいさ/演習問題
第4章 システム最適化
システムの最適化とは/数理計画法/組合せ最適化/シミュレーションと発見的方法/むすび/演習問題
第5章 大規模・複雑なシステムの取扱い
大規模システム概説/システム構造の表現/システムの分解・階層化/大規模・複雑なシステムの構造解析/演習問題
第6章 ワークデザイン
ワークデザインとは/ワークデザインの考え方/ワークデザインの事例/演習問題
第7章 システムズ・アナリシス
システムズ・アナリシスの考え方/システムズ・アナリシスの方法/システムの評価/演習問題
第8章 ソフトシステムの計画と実際
システム・ダイナミクス/ダイナモ/システム・ダイナミクスの考え方/アーバン・ダイナミクスとそのねらい/アーバン・ダイナミクスの解釈/地域開発システム・ダイナミクス・モデル/今後の課題/演習問題
第9章 ハードシステムの計画と実際
ハードシステムについての考え方/ハードウェアの選定/ハードシステムの実際/ハードシステムにおけるマン-マシンシステム/演習問題
演習問題のヒントまたは略解/参考文献/索引
各章が教科書数冊分の内容を含むような充実した内容ですが、具体例が多く分かり易い記述です。章末演習も勉強になります。第4章はオペレーションズ・リサーチ、第7章がシステムズ・アナリシスです。この章の著者、河崎俊二は経済学者で、地方自治体における問題解決の研究者のようです。本章では、ランドの手法が忠実かつ具体的に要約されており、本家の解説文書や書籍より分かり易いと感じました。第3節の例題は、ある町における交通安全対策の問題で、3種類の代替案:ガードレール、歩道、交通信号の費用対効果分析を、ランド流にとことん数値化して分析し、意思決定者に示すといういうものです。
浅居喜代治編著『現代 システム工学の基礎』、オーム社(1971)、pp.235
4-2 クエイド・ブッチャー『システム分析1』
▼ E. S. クェイド、W. I. ブッチャー『システム分析1』、竹内書店(1972)
ランド研究所の機密指定外のシステムズ・アナリシス関連レポートは数多くあります。我が国では、その翻訳が官民の研究会などによって刊行されていて、国立国会図書館のデジタルコレクションにも収録されています。本書は、国防以外の分野における政策立案への応用を望む声に応えて、ランドのこの分野のリーダーたちによって、システム分析の性質、目的、限界などについての展望を与えるという目的で書かれました。翻訳は2冊本で、国立国会図書館のデジタルコレクションで公開されているのは、今のところ『システム分析1』だけのようです。内容的には、安全保障の話しですから、違和感をもつ人も多いかと思いますが、ビッグプロジェクトを率いるための指南書という観点からは示唆に富んでいます。この第1巻では、H. ローゼンツヴァイクの「第6章 技術的考察」は興味深く読む事ができました。個人的には、古書で入手した『システム分析2』のほうが面白かったのですが、原文はランド研究所のホームページで読む事ができます。
Systems Analysis and Policy Planning: Applications in Defense(全476ページ)
ポイントは、どのようにして、当面する問題状況を問うか(言語化するか)、そして、その問いかけに意味(価値と実現可能性)があるかを、様々な分野の専門家からなるシステム分析チームが徹底して議論することなんだろうと、理解しましたが、皆さんはどうでしょうか。ただし、背後にある数理解析のテクニックは「チラ見せ」程度ですが、興味ある方は、注目するキーワードで専門的な報告書を辿ることができます。
E. S. クェイド、W. I. ブッチャー『システム分析1』、竹内書店(1972)
4-3 近藤次郎『システム分析』
▼ 近藤次郎『システム分析』、丸善(1983)、pp.271
著者は、国産旅客機 YS11 の基本設計で有名な近藤次郎(1917 - 2015)。国立公害研究所所長、日本オペレーションズ・リサーチ学会会長、日本学術会議会長などを歴任した日本の航空工学の大御所で、システム工学、オペレーションズ・リサーチ、応用数学に多くの著書をもちます。
さて、ランドはシステムズ・アナリシス(システム分析)をオペレーションズ・リサーチの進化型と位置づけるのに対し、本書のシステム分析(SA)は、政策の科学的決定を行うポリシー・サイエンス(PS)、システム開発を担うシステム工学(SE)、システム運用を科学するオペレーションズ・リサーチ(OR)の3部門を統括するための研究戦略と定義します。そのため、本書の内容も、SAを中核に、PS、SE、ORの3分野に渉ります。しかし、この定義、言い方の問題でしょうね。これをランドのシステム分析と言い換えてもそのまま当てはまります。ところで、「3章 業務分析」には他書では見かけない内容: システム分析を実施する学際的な専門家集団を組織のなかでどう位置づけるか、会議の進め方、会議が紛糾したときの対処法(デルファイ法など)があります。全体的に、国際システム科学学会を率いたピーター・チェックランドの影響を感じますが、戦後の日本で発展した日本流のシステム分析の実例も満載です。米国のやりかたをそのまま持ち込むと、風土の違いから、日本では失敗プロジェクトの烙印を押されることが多いのです。探訪堂の個人的感想として、概念的な部分でやや違和感を感じる記述がありますが、まあ、システム・インテグレーションは、それを実施する会社・組織ごとに流儀が違いますからよしとしましょう。それにしても、さすがは大御所、この分野で使われるシステムの図表表現が網羅されてます。これだけでも必見です。
1 システム分析の定義
システム分析とは何か/システム/システム分析の定義/システム分析とシステム工学、オペレーションズ・リサーチ、政策科学
2 システム分析の方法
システム分析の手順/システム分析の手法/数学モデル/システム分析の報告書
3 業務分析
業務分析/システム分析の組織/会議/デルファイ法
4 構造分析
ブロック線図/成分の間の関係/ネットワーク/マトリックス分析
5 機能分析
因果分析/自動制御/システム実験/システム関数
6 影響と関係の分析
線形システム/逆システム/入出力分析/確率システム
7 システムのダイナミックス
システムの時間的変動/動的特性の数学モデル/システム・ダイナミックス/システム・シミュレーション
8 予測
予測/確率予測/PDPC/シナリオ
9 価値分析
システムの評価/価値・費用分析/アセスメント/決定
10 システム分析の展開と発展
エコシステム/国際エネルギー機関における代替エネルギーのシステム分析/航空交通システムの分析/システム分析の展開を発展
参考文献紹介/人名索引/索引
近藤次郎『システム分析』、丸善(1983)、pp.271
5.公的機関・団体へのリンク
このコーナーでは、関連する公的機関や団体のホームページや関連記事を紹介します。
5-1 RAND ホームページ
◆ RAND Objective Analysis. Effective Solutions. (英文)
米国国家安全保障政策を中心とするシンクタンクで、1900名を超えるスタッフを抱えています(2024年5月現在)。スタッフの53%は博士号取得者です。ランド公共政策大学院が併設されています。このホームページからは、膨大な数の機密指定外の報告書を閲覧できます。ごく一部はページ数にかかわりなく1件あたり20ドルほどの課金が掛けられているようですが、大抵はPDFファイルにて無料でダウンロードできます。最近の登録資料にはインタビュー映像なども含まれています。
著者名から辿る場合は、アルファベット順の著者リストが用意されています。
私、探訪堂は、思い出したようにランドのブログ(The RAND Blog)をチェックしています。
RAND
Provides Objective Research Services and Public Policy Analysis
5-2 アルバート・ウォルステッターの論文「きわどい恐怖の均衡」
◆ アルバート・ウォルステッターの論文「きわどい恐怖の均衡」(英文)
歴史的な論文のため、様々な機関でオンラインでの閲覧やPDFファイルでの配布を行っています。ランドのホームページでは、注釈を含めてホームページ上に忠実に再現されています(HTML)。ブラウザ上での各国語での翻訳を意識しているのでしょうか。
Albert Wohlstetter, The Delicate Balance of Terror, 1958
6.書斎の本棚/図書館の書棚から
このコーナーでは、本文に登場した本、関連書籍をさらに紹介します。
6-1 『ランド:世界を支配した研究所』
■ アレックス・アベラ『ランド:世界を支配した研究所』、文芸春秋(2008)・文春文庫(2011)
核戦略家、アルバート・ウォルステッターを主人公格とするこの書籍、文藝春秋のホームページでの検索ではヒットなしでした。出版社としては「品切れ再販予定なし」に分類しているようです。ぜひ、復活してほしいものです。なお、古書では流通しています。ところで、知らぬ間に、同じ文藝春秋社の文春文庫から文庫判もでていましたが、こちらも「品切れ再販予定なし」のようです。
6-2 エルスバーグ『世界滅亡マシン』
■ ダニエル・エルズバーグ『世界滅亡マシン:核戦争計画者の告白』、岩波書店(2020)、四六判2段組み、pp.410+47
本文でも少し紹介したダニエル・エルズバーグ『ザ・ドゥームズデイ・マシン』の邦訳『世界滅亡マシン』です。エルズバーグは戦略的意思決定問題を中心とした「決定理論」の専門家です。予期しない先制攻撃にあったという意味で、旧日本海軍による真珠湾攻撃は米軍に相当のトラウマを与えたようです。核戦争の時代になってからは、ソ連による「核の真珠湾攻撃」に常に脅え、それに如何に対処するかが国家存続に関わる根源的かつ真剣な問題となります。先制攻撃の予兆を如何にして把握するかは重要な課題ですが、世界各地から集められる「戦略的警報」は様々な不確定要素を含みます。攻撃に大陸間弾道弾が使われるならば、意思決定までに猶予される時間はせいぜい30分程度でしょう。その間に、まさに、戦略的警報のもつ不確実性のもとで、 “世界滅亡” に関わる重大な決断をしなければなりません。また、情報の信憑性だけでなく、“狂った指導者” に対する安全装置(フェイルセーフ・メカニズム)の設計問題もあります。
本書は、本文2部構成、全21章。「第Ⅰ部 爆弾とわたし(第1〜13章)」ではエルズバーグ本人が関わった全面核戦争計画、「第Ⅱ部 世界滅亡への道(第14〜21章)」では「人員、兵器、電子機器、通信、組織、計画、訓練、規律、演習、そしてドクトリンからなる巨大システム」としての世界滅亡マシンの真の姿とその解体が語られます。この第Ⅱ部では、近代の戦争で人口密集地に住む民間人の大量殺戮が如何にして始まったかや、ソビエト・ロシアの報復システム「死者の手」が詳しく考察されます。もちろん、岩国やペンタゴンペーパーズに関する記述もあります。
6-3 ホフマン『死神の報復』
■ デイヴィッド・E・ ホフマン『死神の報復(上,下): レーガンとゴルバチョフの軍拡戦争』、白水社(2016)
エルズバーグ『世界滅亡マシン』が米国サイドからみた冷戦の物語であったのに対し,ホフマン『死神の報復』は、主に、ソ連/ロシアからの視点で語られます。物語は、1979年3月30日、ソ連邦スヴェルドロフスク市で、肺炎死の急増に直面している第20病院の統括診療部長から、別病院の勤務医に同様の事例の有無を問いただす場面から始まります。のちに、この大都市に設置された微生物関連複合施設「第十九区」からの炭疽菌漏出であったことが判明。この施設は、第二次世界大戦末期、日ソ中立条約を一方的に破棄して宣戦布告したソ連軍が、満州の日本軍最大の生物化学兵器研究部隊から持ち出した残存物から設立したといわれます。ソ連の対日参戦により、日本軍の研究部隊は、急遽、日本本土への撤収と施設の破壊を開始、文書等の隠滅を図ったものの、一部施設や資料は部隊関係の捕虜とともに持ち去られたのです。さらに、確証破壊システム「死者の手」の早期警戒センターで夜勤を務める中佐が、米国からの第一のミサイル発射の警報に驚き、為す術がないまま、さらに、第二、第三、第四、第五のミサイル攻撃の検知警報に遭遇するという場面が語られます。このプロローグのあと、本書は、ソ連邦崩壊後に判明したソ連軍の実体を明らかにしていきます。スプートニクを打ち上げたエネルギアR-7ロケットは発射準備開始から発射まで、まる二日を要したとか、ニキータ・フリシチョフが「ソーセージ」のようにミサイルを量産していると言ったことはハッタリだったことなどなど。
しかし、時代は進みます。
一九八二年までに、米ソ両国が保有する戦略核兵器の威力は、ヒロシマ型原爆にして、およそ一〇〇万発分に到達した。これほどの核兵器をかかえているのに、ソ連の指導者たちはおめおめと寝首を掻かれ、反撃のチャンスを逸することを恐れていた。そこで彼らは、報復攻撃を確実におこなえる一種の保証システムを考えた。同システムは「死者の手」と呼ばれた。(ホフマン『死神の報復(上)』p.45)
米国とは異なり、ソ連軍は、報復のための第二撃を重視、 こうして、ソ連サイドの人類絶滅マシン「死者の手」が稼働を開始するのですが、彼らは核弾頭だけでなく生物細菌兵器にも執着します。このような状況下、二人の主役、レーガンとゴルバチョフの壮大な物語が語られ始めます。
6-4 ブレースウェート『ハルマゲドン』
■ ロドリク・ブレースウェート『ハルマゲドン:人類と核(上、下)』、白水社(2020)
著者は英国の元外交官で現代史家のロドリク・ブレースウェート(1932 - )です。他に『アフガン侵攻1979-89』などの書著もあります。本書のプロローグ「ダモクレスの剣」は
一九四五年八月八日、わたし(著者)は両親と列車で夏の休暇に向かう途中、広島がその二日前、原子爆弾によってこの世から消滅したことをタイムズ紙によって知った。
という言葉で始まります。“消滅” という衝撃的な単語に、文字通り、言葉を失います。そして、「広島」のあと到来した核兵器による相互確証破壊(MAD)の時代、一般人に何ができるかと問いかけます。このプロローグは
あの一九四五年の鉄道旅行以来、わたしは考えていた。科学者は、兵器開発者は、軍人は、政府関係者は、そして政治家は、自分たちがやっていることを本当はどう思っているのだろうかと。まだ、時間が残っているうちに、なんとかその答えを見つけてやろうと、私は決心した。/その結果が、本書である。
と閉じられます。つづく「第1章 日本壊滅」において、カーチス・ルメイ将軍の軍事哲学 「諸君は人を殺さなければならない。そして、十分な数の人を殺したとき、敵は戦いをやめるのである」 を紹介した後、彼が,軍事施設や軍需工場ではなく、焼夷弾を使用した夜間低高度爆撃によって庶民が密集して暮らす地区を焼き尽くす作戦を指示、その東京大空襲の顛末が語られ、ついに、あの「広島」へと語り進むのです。
6-5 『帝国の参謀』
■ クレピネヴィッチ、ワッツ『帝国の参謀:アンドリュー・マーシャルと米国の軍事戦略』、日経BP社(2016)、pp.502
『帝国の参謀』は、ランド研究所で軍事戦略家としてのキャリアをスタートし、米国防総省に移った後は国防長官ジェームズ・シュレシンジャーのもとで、総合評価局初代局長となり、その後、40年にわたって総合評価局(オフィス・オブ・ネットアセスメント)を率いた “伝説の戦略家”、アンドリュー・マーシャルの評伝です。著者は共に国防総省勤務経験者であり、特に筆頭著者はマーシャルの下で働いた経験を持ちます。
端的に言えば,戦時中のオペレーションズ・リサーチ(作戦研究)は、戦闘や戦術のための数理解析であり、一方、冷戦初期のシステム分析(システムズ・アナリシス)は、兵力や兵器システムの将来計画策定のための研究戦略でした。ロバート・マクナマラの時代、システム分析の数値化技法である費用対効果分析は、国防総省予算の管理システムである企画計画予算制度(PPBS)と強く結びつきました。当然のことながら、システム分析の結果を意思決定者である軍高官が簡単に受け入れるはずもなく、省内対立や既得権益が絡んで話しは複雑化するのが一般的です。この辺りの事情に注目したのがハーバート・A・サイモンで、彼は意思決定者が全知全能ではなく限定的な合理性のみをもつとした場合の意思決定過程や組織行動を探求します。サイモンに影響されたマーシャルは、システム分析が多用する費用対効果分析が “還元主義的思考” に陥っていると判断、彼我の国力差・軍事力差の真の姿を明らかにするための研究方法を “ネットアセスメント” (正味評価)の名のもとに展開します。本書は、アルバート・ウォルステッター、ハーマン・カーン、ダニエル・エルスバーグなど、ランド研究所の軍事戦略の巨星たちとは対照的に、表舞台に立つ事を嫌う寡黙な思想家であり、未だ多くの謎に包まれたマーシャルとネットアセスメントの実像に迫る力作です。残念ながら、単行本は「品切れ再版予定無し」に分類されているようですが、電子書籍で読む事ができます。原題は『最後の戦士:アンドリュー・マーシャルと現代アメリカの国防戦略の形成』です。