第21話 ピンデル『アメリカ鉄道3万マイル』を読み解く ❖ 理系書探訪【書評記事】

 ある日、生粋のアメリカ人である著者は、ヒート・ムーン『ブルー・ハイウェイ』、ダンカン『アウト・ウェスト』に倣い〈アメリカ探し/自分探し〉の旅に出ます。〈時空を超え、過去と現代が、歴史の項目と新聞の見出しが、精神と思い出が、ひとつに結びつく〉、そんな瞬間との邂逅を求め、著者は3万マイルにおよぶアメリカ長距離旅客鉄道(アムトラック)全線を乗り尽くします。そして、思いはいつの間にか、アメリカの原風景を形づくる旅客鉄道建設に邁進した伝説的悪漢たちに飛び、あるいは、共に今を旅するワケ有りな乗客たち、鉄道業務に誇りをもつ乗務員たちに戻ります。日本が誇る元祖鉄道紀行作家、宮脇俊三も絶賛する本書は、宮脇自身と翻訳家小林理子がタッグを組んで訳出したテリー・ピンデルの旅行記/アメリカ鉄道史です。この傑作、なんと、国立国会図書館個人送信サービスで読むことができます。

2025.12.18 公開

1.《ネットで読む》* ピンデル『アメリカ鉄道3万マイル』、アメリカ人を知るための旅行記

旅行記というと、宮脇俊三『最長片道切符の旅』や沢木耕太郎『ミッドナイト・エクスプレス』を想起しますが、本書『アメリカ鉄道3万マイル』はそれらの純粋な旅行記とは趣を異にします。アメリカ鉄道史を知り尽くした鉄道マニアである著者が、〈アメリカ〉を実感するために、実際に長距離旅客列車に乗り込んで、車窓の風景を眺めては開拓時代に思いを馳せ、あるいは、車内での様々な出来事にインスピレーションを得ながら、〈アメリカ〉の過去と現在を行き来する思いを綴った作品です。〈アメリカ探訪〉を横糸、いったい自分は「何を求めて旅に出たか」という〈自己探求〉を縦糸として話しが展開します。

テリー・ピンデル『アメリカ鉄道3万マイル』、角川書店(1993)、pp.485〈宮脇俊三、小林理子訳〉

少なからぬアメリカ人が、自身が〈アメリカ人〉であることのアイデンティティを、アメリカ西部開拓の先駆的偉業を成し遂げた《ルイス=クラーク探検隊;1804-5》に探し求める傾向をもっているようです。これは、合衆国第三代大統領トマス・ジェファソン(1743-1826)の命を受けた総勢50数名からなる探検隊です。1980年代、ルイス=クラーク探検隊に倣って、〈おんぼろヴァン〉を駆り、そこに寝起きし、裏街道(ブルー・ハイウェイ)のみを伝って合衆国外周を旅したり [1]、あるいは、まさに、ルイス=クラークの行路を、借り出したフォルクスワーゲンのキャンピングカー〈ディスカバリー号〉で巡る[2] という、旅行記/自己探求記が、相次いで出版されました。

多民族の移民国家であることから、民族の歴史や伝統には頼れず、生まれながらの自由人、〈アメリカン・ドリーム〉で象徴される「夢追い人」の子孫であることを再確認する、といったところでしょうか?

本稿で紹介する『アメリカ鉄道3万マイル』は、ヒート・ムーンのアメリカ再発見、ダンカンの西部再発見に影響されて「彼らの探検を鉄路によってさらに深めたい」との思いから始められたとのことです。そして、本書冒頭で、

と述べますが、その〈名残〉は見つかることもあり、見つからないこともあります。また、思いもよらぬ発見として、旅行の便利さにあえて背を向ける〈鉄路の旅人〉たちのそれぞれの物語が語られます。

インターネットで読める

テリー・ピンデル『アメリカ鉄道3万マイル』、角川書店(1993)、pp.485

国立国会図書館の個人送信サービスを使ってネットで読めます(当サイト記事 《探訪ツール(1)》 参照)。

ピンデル『アメリカ鉄道3万マイル』目次

プロローグ

序章 〈モントリオーラー〉〈シルヴァー・スター〉
第一部 冬、西へ
第一章 道 〈レイク・ショア・リミテッド〉
第二章 大陸征服
〈カリフォルニア・ゼファー〉
第三章 ジャッカロープと金の大釘
〈カリフォルニア・ゼファー〉
第四章 根っ子と流木
〈コースト・スターライト〉
第五章 ソープ・オペラ
〈サンセット・リミテッド〉
第六章 ニューオリンズの心
〈シティ・オヴ・ニューオリンズ〉
第七章 神、国、そして自由
〈ブロードウェイ・リミテッド〉

第二部 春、ハートランドへ
第八章 古い習慣はなかなか消えない〈クレセント〉
第九章 ラヴ・トレインの生と死
〈イーグル〉
第十章 ならずもの
〈カーディナル〉

第三部 夏、西へ
第十一章 道を馴らす〈サウスウエスト・チーフ〉
第十二章 彼らは風をマリアと呼ぶ
〈デザート・ウインド〉
第十三章 西部探求
〈パイオニア〉
第十四章 カリフォルニア・ドリーミン
〈コースト・スターライト〉南行き
第十五章 生きとし生けるもの
〈コースト・スターライト〉北行き
第十六章 北西航路
〈エンパイア・ビルダー〉
第十七章 はるかなる東部:ウェイ・イースト
〈エンパイア・ビルダー〉〈ブロードウェイ・リミテッド〉〈バンカーズ〉


エピローグ〈キャピトル・リミテッド〉
訳者あとがき/参考文献

1-1 序章

著者、テリー・ピンデル(1947-)は、地元ニューハンプシャー州の小さな地方都市キーンの市長選に敗れ、また、前年の思い掛けない父の死の悲しみからも立ち直れず、中年の危機、人生の節目を感じていたある朝、祖父の働いていた鉄路を辿れば何か学べるかもしれないという予感に導かれ、アムトラック(全米鉄道旅客公社)全線を乗り尽くす旅に出ます。

アムトラックは、線区名/線路名ではなく、列車名で〈路線〉を表現します。各列車は、始発駅、経由駅、終着駅が定められています。本書の旅は1988年の冬から夏にかけて行われたもので、すでに廃止された列車や、統合再編された列車を含み、過ぎ去りし日々の貴重な記録になっています。

序章は、その4年前、二人の幼い娘と、妻とのディズニー・ワールド行きの思い出が語られます。東海岸北部、ニューハンプシャーから一路南へ、フロリダ州オーランドを目指します。乗車したのは〈モントリオーラー号;1995年廃止〉〈シルバー・スター号;2024年廃止〉です。

1-2 第一部「冬、西へ」

第一部は、1988年冬の旅です(上掲路線図、青の経路)。各章タイトルには乗車する〈列車名〉を添えています。そのため、著者はあえて乗降駅名を明示せず、章冒頭から地理的考察や歴史的エピソードにのめり込むこともあります。列車運行情報については、強烈な〈鉄道ファン〉の存在を背景に、精緻を極める宮脇俊三の流儀とは大きく異なっています。以下では、日本流ルート概要から始めましょう。

冬の旅は、著者のホームタウン、キーンの最寄り駅、マサチューセッツ州スプリングスフィールドからエリー湖畔に沿い、西海岸を目指す大陸横断の旅から始まります。ソルトレイク・シティを通過するこのルートは初の大陸横断鉄道路線です。まずは、〈レイク・ショア・リミテッド号;運行中〉でシカゴ・ユニオン駅へ(第一章)、つぎに〈カリフォルニア・ゼファー号;運行中〉で、ロッキー山脈東端の要衝、コロラド州デンバー・ユニオン駅(第二章)から、不毛の山岳地帯に入って合衆国鉄道最高地点を越え、ロッキー山脈西端ソルトレイク・シティを経由してオークランドに向かいます(第三章)。オークランドで〈コースト・スターライト号;運行中〉に乗り換え、西海岸を南下してロサンゼルスに到ります(第四章)。ここからは、〈サンセット・リミテッド号;運行中〉で南部の大陸間横断鉄道路線をメキシコ国境に添って東進し、ミシシッピ川河口付近に位置するルイジアナ州ニューオリンズへ(第五章)、〈シティ・オブ・ニューオリンズ号;運行中〉に乗り換えて北上しシカゴに向かいます(第六章)。シカゴからは、〈ブロードウェイ・リミテッド号;1995年廃止〉で東向きにフィラデルフィアを目指します。その後、北東部連絡路線ノースイースト・コリダーに入り超高層ビルが林立するニューヨークで〈冬の旅〉を終えます(第七章)。

本書全般に渉り、旅行記録、アメリカ鉄道創世記/発達史、アメリカ西部開拓史、アメリカ社会学に関するエピソードが、まさに列車が通過している地域に関連して、モザイク状に組み合わされて入り乱れ、文学や映画の話、さらに乗客、乗務員との会話文が差し込まれて、初読では戸惑うことも多いかと思います。また、登場人物や地名には、日本人に馴染みの薄いマニアックなものも含まれています。そのため、周辺知識を集めてモザイクを形成するパーツを再構築し、しっかり理解しようと本書に取り組むと、痛い目に会いそうです。

そこで、私、探訪堂は《本書に対する体験を積む》というつもりで読んでます。味わい深い文章あり、また、アメリカの歴史や社会に関するエピソードは、教科書類には見られない簡潔かつ自由自在な言い回しで語られています。驚嘆すべき教養です。

さて、この第一部冒頭の第一章では、プルマン・スリーピング・カーで知られる寝台列車製造業を創設したジョージ・プルマン(1831-1897)、蒸気船で起業した「金ピカ時代」の代表的人物、海運王、鉄道王のコーネリアス・ヴァンダービルト(1794-1877)、初の大陸横断鉄道建設に向けて具体的に測量等の実地調査を実施したエイサ・ホイットニー(1797–1872)などが登場し、当時の「鉄道が太平洋と大西洋の両岸の港を結びつければ、アメリカはヨーロッパとアジアの架け橋になり、世界の中心になれる」という大陸横断鉄道敷設の〈ドリーム〉が語られます。では、その路線を如何に決めるかが大問題。この話題は、本書全体に渉って繰り返されます。

ピンデルと長距離列車に居合わせた乗客たちとの会話も興味深いものです。高校学部長の傍らキーン市議会議員を兼務し、また市長選に出馬しただけあって、会話は常に真摯。長い列車の旅ですから、じっくりと彼らの話しを聞きます。会話の相手は、たとえば、十代の家出人で駆け落ち中のトムとジェイン、ニューヨークでの仕事に疲れ果て、人生をやり直すべくカリフォルニアの姉のもとに向かう二十歳の娘スージーなどです。やがて、彼らとも、別れの日がやってくるのですが、

などと総括が述べられます。車掌や機関士とも、毎回仲良くなってしまうという不思議な人なのです。

若い友人たちも目指す西海岸については、サンフランシスコにて、

という「東部人」としての感慨を述べます。オーティス・レディング「ドック・オヴ・ザ・ベイ」、いいですね。ジョージアでの生活に敗れて、生きる目的を見いだせないまま、サンフランシスコ湾(俗称フリスコ湾)に流れ着き、湾の波止場に、ただただ坐る、、、

まだまだ、紹介したいエピソードが沢山ありますが、このへんにしておきましょう。

1-3 第二部「春、ハートランドへ」

春の旅は、1988年南部への旅(上掲路線図、緑の経路)。ニューヨークから〈クレセント号;運行中〉でルイジアナ州ニューオリンズへ(第八章)、冬に乗ったサンセット特急でテキサス州サンアントニオに行き、そこから北東方向にシカゴを目指す〈テキサス・イーグル号;運行中〉に乗り換えます(第九章)。シカゴ=ニューヨーク間には三つの路線がありますが、やや南下しつつオハイオ州とケンタッキー州の州境を通りアパラチア山脈を東に抜ける〈カーディナル号;運行中〉でワシントンを目指します(第十章)。

やや少ない三つの章からなる第二部は、ディープサウスの旅です。戦闘シーンや鉄道史に残る〈大惨事〉の描写にあふれています。「サーモンドは拳銃を抜き、そのまま撃った。大佐の脳の下半分が後頭部から吹き飛んだ」という歴史場面の記述とか、実際に乗り合わせた列車での場面、機関士が狂乱した声で「人をはねた —— ちくちょうめ —— 前に飛び出しやがった!」と叫び、現場検証場面が描写されたりと、盛り沢山です。極め付けは、エヴァンスとソンタグ、映画『明日に向って撃て!』の歴史解説でしょうか。ブルーミントンで機関士だった祖父の生き様を確かめていく、という話しは読みごたえがあります。

1-4 第三部「夏、西へ」

1988年、夏の旅は、乗り残した路線をつなぐテクニカルなコースです(上掲路線図、赤の経路)。シカゴからサンタフェ街道を抜け〈サウスウエスト・チーフ号;運行中〉で西海岸ロサンゼルスを目指し(第十一章)、反転して〈デザート・ウインド号;1997年廃止〉で砂漠地帯の西を巡りソルトレイク・シティへ(第十二章)、シカゴ始発の〈パイオニア号;1997年廃止〉に乗り換え北西方向、西海岸のポートランドを目指します(第十三章)。ポートランドから南向き〈コースト・スターライト号;運行中〉でサクラメントまで南下、西行きカリフォルニア・ゼファー号で短い旅程をサンフランシスコまで(第十四章)、北向き〈コースト・スターライト号;運行中〉でシアトルへ(第十五章)。シアトルから〈エンパイア・ビルダー号;運行中〉で、一路、シカゴを目指します(第十六章;話しは、ロッキー山脈の分水嶺、マライアス峠で中断)。シカゴでエンパイア・ビルダーを下車、ブロードウェイ特急でニューヨークに向かいます(第十七章)。なお、エピローグで最後に残ったシカゴ=ワシントンDC間の〈キャピトル・リミテッド号;2024年廃止〉に乗車して全路線を制覇します。

サザン・パシフィック鉄道憎しのサンフランシスコ鉄道の物語に、サンタフェ鉄道が乱入、鉄道帝国建設競争を中心とする西部探求/西部開発の歴史が深められます。今はなき〈デザート・ウインド号;「砂漠の風」号〉の乗車報告は貴重です。モハーヴェ川の向こう、真の砂漠から吹く風をなぜ「マリア」と呼ぶのか、謎解きですね。

第三章では、昔の〈カウキャッチャー(ウシ避けのスキ)〉は、釘が突き出していて、突き刺さった獣の肉を乗務員が分け合ったというエピソードが紹介されますが、この第三部第十五章は「止まれないということほど鉄道の進歩を阻害した要因はない」と述べて、車両ブレーキの歴史が語られます。

貨物列車では、制動手が車掌室から貨車の屋根にのぼって急いで走り、車両ごとに一つ一つブレーキをかける必要があり、作業中に制動手が手足や命を失うことがあるという話しを聞いた農場主ロレンゾ・コフィンの必死の訴えで、車両ごとに連動するエアブレーキの義務化がなされます。訴えから十数年の歳月が流れ、1887年の実証実験では、その成功を確認し、「六十五歳になっていたコフィンは、これを見て人目もはばからず泣いた」とのことです。それまでは、ブレーキを装備するより、制動手を取り換えたほうが安く済むという〈費用対効果分析〉がまかり通っていた、、、 まさに制動手にとっては命がけ、会社側にとっては〈アメリカン・ディール〉の世界。そして、当のコフィンは狂人扱いされていたというから驚きです。話題満載、本書の山場、第三部。長く付き合うのがコツです。

2.ピンデル『住みやすい場所:アメリカの最後の移住(本邦未訳)』、〈幸せあふれる場所〉を訪ねる

本稿のタイトル本『アメリカ鉄道3万マイル』の著者、ピンデルには、本書の続編、カナダ鉄道旅行記『トロントへの最終列車(本邦未訳)』やメキシコ鉄道旅行記『昨日の列車(本邦未訳)』がありますが、『住みやすい場所:アメリカの最後の移住(本邦未訳)』という著作もあります。住みやすい場所を求めて、移住を繰り返すのがアメリカン・ドリーマーですが、では「住みやすい場所」とはどういう場所? 最後に移住するなら何処が良いのでしょうか?

Terry Pindell『A Good Place to Live: America's Last Migration』、Henry Holt and Company(1995) pp.413 (テリー・ピンデル『住みやすい場所:アメリカの最後の移住(本邦未訳)』)

本書は、出版された当時、日本でも話題となったレイ・オルデンバーグ『サード・プレイス』(1989)に触発されて書かれたようです。地方議会議員としての経験を踏まえ、フロンティアを失ったアメリカにおいて〈幸せあふれる場所〉をピンデル自身が尋ね歩くノンフィクション作品です。『アメリカ鉄道3万マイル』と異なり、時間的な順序を守って書かれていて、素直な旅行記として読み解けます。

著者のホームタウン、東海岸北部、ニューハンプシャー州の小都市キーンには、大きな古い教会があり、夏には湖の静寂があり、秋にはカエデが色づき、冬には森に雪が降り積もります。カナダ、ケベックシティの近く。しかし、20年間暮らしたこの〈絵葉書のまち〉には、何か欠けているものがある。その正体を知るべく、ピンデルは全米から選んだ16の場所を訪ね歩き、そこで暮らす人びとや、市長、行政関係者との会話を重ねます。そして、キーンは〈楽園〉であり「楽園では失敗ができない」ということに思いを巡らします。本書は、〈サード・プレイス〉だけにとどまらない「住みやすい場所」の秘密を解き明かす心の旅の記録です。(なお、私、探訪堂、文系の英語力は不足気味で、特に、この手の本の理解度はせいぜい7割程度。そこで、今回、OCRで文書ファイルに落とし、若干のOCR認識ミスを修正したのち、ファイルにてGoogle翻訳。あっという間です。ページ番号やヘッダ情報も含めて元本のレイアウトも忠実に復元。80点くらいの出来でしょうか。おかげさまで、多くの読み落としたエピソードを拾うことができました。)

A Good Place to Live: America's Last Migration(Henry Holt and Company)〔Terry Pindell〕

都市の中心部では車線数が減らされて歩道幅がやたらと広くなり、ウッドデッキやベンチやテーブルが備え付けられて、こんな街中で小さな子供たちが遊んだり寝そべってます。地方都市でも、蔦屋書店などを中核とする複合商業施設のルーフテラスは参考書を広げる大学生であふれ、モールのフードコートが見通しの効かない隠れ部屋散在のジャングル状態になったり、駅前ショッピングセンターの上階に様々な種類のイスを備える公共図書館があったりします。楽しい集いの場〈サード・プレイス〉の進化版が当たり前の時代になりました。

そんな都市や店舗の設計に、多大な影響を与えたオルデンバーグ『サード・プレイス』、原著は1989年刊行ですが、邦訳版が2013年、みすず書房から出版されてます。世界中で増殖を続ける〈ザ・サード・プレイス〉としてのスターバックス誕生の立て役者、オルデンバーグの時代にはテレビ全盛でしたが、今やスマホ全盛の時代。ところで、今日もインバウンドで賑わう道頓堀、新世界界隈ですが、『深夜食堂』の世界も捨て難い。はたして彼らは、〈日本流サードプレイス〉に出会えるのでしょうか?

レイ・オルデンバーグ『サードプレイス:コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』、みすず書房(2013)、pp.480+32

3.宮脇俊三『最長片道切符の旅』、北海道広尾から鹿児島枕崎までの13,118.4キロの片道切符を作り、そして乗り切る、伝説の鉄道旅

本稿のタイトル本、ピンデル『アメリカ鉄道3万マイル』の訳者のひとり、宮脇俊三(1926-2003)は中央公論社の敏腕編集者として、中央公論社版『日本の歴史(全二十六巻)』、『世界の歴史(全十六巻)』などを企画担当し、また、北杜夫の発掘者としても知られます。その一方、〈児戯にひとしい〉という当時の風潮から、会社の同僚たちにも内緒で、「かくれ鉄道ファン」として活動していました。しかし、路線廃止、列車減便などの “潮流” が迫る中、意を決し、1978年、『時刻表2万キロ』を河出書房新社から世に問い、〈カミングアウト〉します(関川夏央『汽車旅放浪記』参照)。上梓直後の6月末、編集者としての “けじめ” をつけ中央公論を退社。翌7月の10日、『時刻表2万キロ』が刊行され、さらに、この本はその年の「日本ノンフィクション賞」に輝きます。鉄道紀行文の第一人者 宮脇俊三、堂々たる〈元祖鉄道オタク〉降臨です。

受賞作『時刻表2万キロ』は、時刻表を駆使し、週末の僅かな時間を使い月曜朝帰りの年月を重ねて〈国鉄全線〉を乗り尽くすという偉業を記録したノンフィクションで、〈乗り鉄〉という人々の存在を、史上初めて、一般人に知らしめることになります。そう言う時代だったのです。なお、本人は、自分は〈時刻表派〉だ、と言ってます。本書が世に出ると、全国の〈鉄道ファン〉から手紙が殺到、なかには、旅行できない体になってしまったので、代わりに汽車に乗って旅行記を書いてくれ、という〈机上時刻表派〉からの依頼も。初期の旅行記が、精密極まりない記述になっているのには、こういう理由もあったようです。

ここに紹介する『最長片道切符の旅』は、その伝説となった〈オタク的趣味〉を、週末のみに限定する必要のなくなった退職直後の、1978年秋から開始したもので、翌年1979年に新潮社から刊行されました(単行本版)。その後、国鉄大縮小時代が本格到来、現在では貴重な旅の記録になっています。

宮脇俊三『最長片道切符の旅』、新潮文庫(1983)、pp.372

本書『最長片道切符の旅』は、たった一枚の片道乗車券で、日本最長の列車旅を目指すという企画。片道切符の発行規則から同じ駅は二度と通過できません。そのため、最長の一筆書きの旅になります。鉄道ファンの間では〈一筆書き切符〉と呼ばれていて、当時でも多くの先駆者がいたとのことです。

この〈最長片道切符〉を構想して細部を詰め、北海道広尾から鹿児島枕崎までの一枚切符を実際に発行してもらうまでの話しは本書序盤の山場です。首都圏や近畿圏、北九州をいかに攻略するかに関心が集中すると思いますが、その詳細は本文で明かされます。それにしても、各地各所で実に細かい話しが披露されます。たとえば、函館本線の森/大沼間には、急勾配の旧線と緩勾配の新線が現役で使われていて、〈最長〉であるためには、当然、距離の長い新線を通過する列車でなければならないといったことです。途中、さまざまなアクシデントに見舞われます。果たして、旅は完結したのでしょうか?

フリーになったとはいえ、仕事も家庭も抱えている身。今や、おじさんたちしか知らない〈途中下車印〉を切符に押してもらい、帰京のために、〈最長片道切符旅〉を中断することもあります。傑作なのは、奥さんの都合で小学二年の娘を預かり、子連れで〈最長片道切符旅〉に戻るくだり。旅完結の最大の壁はこの娘さんだったのか? その一方で、小さい子供が、父さんの、何の役にも立たないのに、何故か命懸けのヘンテコな趣味に付き合うのも大変なことなのです。

4.宮脇俊三『終着駅』、鉄道紀行文学の第一人者、最後の随筆集

宮脇俊三は、テレ東「ローカル路線バスの旅」のルーツとも言われるバス旅などの記録も残しています。実に膨大な量の著作があり、その偉業をまとめた電子書籍版の全集、全23巻が小学館から出ています。

ところで、没後、『時刻表2万キロ』と『最長片道切符の旅』の間に書かれた「終着駅」という雑誌連載記事12編が単行本未収録であったことが判明し、これを含めた初期の作品を、くだんの娘さんである宮脇灯子氏と担当編集者が選りすぐって刊行した〈宮脇俊三最後の随筆集〉があります。これは凄い。第1章は「終着駅」12編、第2章は「車窓に魅せられて」13編、第3章は「鉄路を見つめて」11編、第4章は「レールに寄り添いながら」8編、第5章は「書評・文庫解説」5編で、宮脇灯子氏の「あとがき」付きです。

宮脇俊三『終着駅』、河出文庫(2012)、pp.232

第3章「鉄路を見つめて」冒頭の随筆は、なんと「最長片道切符の話」。鉄道マニアの分類の話しから始まって、〈あの作品〉の裏話が満載です。

5.《ネットで読む》* 小澤治郎『アメリカ鉄道業の展開』

鉄道の歴史を系統的に知りたいならば、やはり、基本的な「教科書」は欠かせません。一般向け書籍と違い、記述が平坦で “盛り上がらない” のが欠点ですが、、、。数多くの「アメリカ鉄道の歴史本」を国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができますが、その中から、お薦めの一冊を紹介しましょう。アメリカ社会経済学史が専門の小澤治郎(1932-)の力作です。

小澤治郎『アメリカ鉄道業の展開』、ミネルヴァ書房(1992)、pp.316

19世紀前半、南北戦争前のアメリカ鉄道業に関する著者の論文を集めて、教科書としての一貫性を持たせるために再構成した著書『アメリカ鉄道業の生成』、ミネルヴァ書房(1991)は、現時点では、残念ながら、デジタルコレクションで読むことができませんが、上掲の『アメリカ鉄道業の展開』は、南北戦争期から19世紀後半期を扱っています。

南北戦争で鉄道が果たした軍事的役割、1877年と93年の大規模なストライキ、黒人と鉄道、鉄道労働者、鉄道資本のメキシコ進出などが詳細に論じられています。あのJ・P・モルガンについても10ページほどのスペースを割いて解説しています。

インターネットで読む

小澤治郎『アメリカ鉄道業の展開』、ミネルヴァ書房(1992)

国立国会図書館の個人送信サービスを使ってネットで読めます(当サイト記事 《探訪ツール(1)》 参照)。

6.《ネットで読む》* 大森実『ザ・アメリカ勝者の歴史5 ウォール街指令:財閥モルガン』

本稿のタイトル本『アメリカ鉄道3万マイル』でも、エリー鉄道の支配権を巡って、コーネリアス・ヴァンダービルト(1794-1877)、ダニエル・ドルー(1797-1879)、ジェイ・グールド(1836-1892)、ジム・フィスク(1835-1872)らが争った、通称〈エリー戦争〉についてのエピソードが紹介されていますが、その後のサスケハナ鉄道の争奪戦には、怪物ジョン・ピアポント・モルガン(1837-1913)が参戦します。

モルガンは、手段を選ばぬ戦法でレベルの違いを見せ、グールド+フィスクに勝利。これを契機にモルガンはウォール街支配を押し進めます。モルガン最晩年の1910年には自身の〈ジキル島クラブ〉で秘密会議を主宰し、アメリカは中央銀行〈連邦準備制度〉設立に向けて動き出します。

ここで紹介するのは、国際問題を専門とするジャーナリスト、大森実(1922-2010)のつぎの書籍です。

大森実『ザ・アメリカ勝者の歴史5 ウォール街指令:財閥モルガン』、講談社(1986)、pp.310

毎日新聞記者として、ベトナム戦争を現地で取材していた大森は、1965年10月初旬、北爆(北ベトナムに対する大規模航空爆撃)の状況報告記事、“米軍機ハンセン病病院を爆撃” を書きます。内容の真偽を巡り、駐日米国大使ライシャワーとの論争が勃発。内外からの圧力に屈した社上層部は退社を迫り、翌1966年1月、大森は同社を退社して独立します。解き放たれた大森は、その後、目覚ましい活躍をします。『戦後秘史(全十巻)』、『人物現代史(全十三巻)』、『ザ・アメリカ 勝者の歴史(全十巻)』のほか、多くのベストセラーを生み出しました。驚異的です。なお、これらのほとんどの著作を、国立国会図書館デジタルコレクション、個人送信サービスで閲覧できます。

本書は、大森が〈財閥モルガン〉を扱ったもので、その第二章「血の企業戦争」では、〈サスケハナ鉄道戦争〉の詳細が語られます。そんな戦い方があったのかという、モルガン流、勝利への驚きのシナリオが明かされます。これぞ、アメリカ!

インターネットで読める

大森実『ザ・アメリカ勝者の歴史5 ウォール街指令:財閥モルガン』、講談社(1986)

国立国会図書館の個人送信サービスを使ってネットで読めます(当サイト記事 《探訪ツール(1)》 参照)。

なお、「米軍機ハンセン病病院を爆撃」という記事周辺の詳細は、大森の自伝『エンピツ一本』の中巻に詳しくかかれています(これも、全3巻、国立国会図書館のデジタルコレクションで読めます)。

7.《ネットで読む》* ホロウェイ『ルイスとクラーク:北米大陸の横断(大探検家シリーズ)』

ルイス=クラーク探検隊を扱った児童書などでは、過度の脚色がなされているものがあるようですが、本書は、本文上下2段組み、記述明快、かつ巻末に参考文献が明記されている探検隊の物語です。何より驚くのは、各ページに挿入された図版の多さ。図には説明書きも添えられていて、16ページのカラー図版も差し込まれています。図版をみるだけでも、在りし日の探検隊を偲ぶことができます。

1803年の〈ルイジアナ購入〉によって、フランスから格安で広大な土地を手に入れたアメリカは、アメリカ大陸を横断する “水路” を発見するため、メリウェザー・ルイスを隊長とする探検隊を送り込みます。ルイスは、盟友ウィリアム・クラークを共同指揮官に任命、物資を積んだ三隻のボートに総勢45名が乗り込んでミズーリ川の遡上を開始します。途中、インデアン、ショショーニ族の娘サカジャウィアらが、通訳兼道案内人として合流、雪と氷に閉ざされたロッキー山脈中に存在するはずの分水嶺を目指すことに、、、。伝説の探検旅の始まりです。

ホロウェイ『ルイスとクラーク:北米大陸の横断(大探検家シリーズ)』、草思社(1977)、pp.190

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ホロウェイ『ルイスとクラーク:北米大陸の横断(大探検家シリーズ)』、草思社(1977)

国立国会図書館の個人送信サービスを使ってネットで読めます(当サイト記事 《探訪ツール(1)》 参照)。

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