第5話 石原藤夫『SF相対論入門』を読み解く ❖ 理系書探訪【書評記事】

伝説の雑誌「宇宙塵」のころから活躍する日本SF界の重鎮、石原藤夫博士が書いた日本初の一般向けの相対性理論の入門書『SF相対論入門』を紹介。本書を皮切りに石原の恒星間飛行をまじめに扱った「銀河旅行シリーズ」が展開されることになります。石原ハードSFの金字塔『宇宙船オロモルフ号の冒険』なども解説、あなたも、専門バカに向けた「バカSF」の世界を覗いてみませんか。

1.石原藤夫のハードSF

著者、石原藤夫(1933-)は日本SF界の大御所です。石原藤夫博士(自称、オロモルフ)は、ハードSF研究所の主宰で、本職(NTT研究所の電波研究所長から玉川大学教授)の傍ら、雑誌『宇宙塵』の時代よりSF小説を発表し続けました。地球を中心とする直径100光年の宇宙《光世紀世界》探求のパイオニアで、恒星間飛行の追求をライフワークとしていました。幻の豪華本『光世紀の世界』はアーサー・C・クラークの絶賛を受けたとのことです。私、探訪堂は、ポケットブック版という、縦書き二段組みの新書に似た版型の、ハヤカワSFシリーズ『ハイウエイ惑星』や『画像文明』を愛読してきました。その小説は、ビルドゥングスロマン、悲壮、虚無、怪奇、幻想、不条理というより、理系の乾いた論理が独特の説得力をもち、また、組織人として苦悩する研究者の内面に迫るエピソード、さらになぞ解きの要素も加わり、「今回はそうきましたか」と、読者の想定を毎回超える痛快さを備えています(つぎの画像は、1982年刊の『宇宙船オロモルフ号の冒険』のカバー・右そで掲載の著者紹介)

ハードSF の石原藤夫は、星新一、光瀬龍、小松左京、半村良、眉村卓、平井和正、豊田有恒、亡き後、筒井康隆とともに生きる伝説、生き神様となっています。

まずは、その作風の一端を紹介しましょう。

1-1 ハードSFの最高峰:石原藤夫『宇宙船オロモルフ号の冒険』(1982)

1970年代中盤からのSFマガジン不定期掲載記事を集約した

石原藤夫『宇宙船オロモルフ号の冒険』、早川書房(1982)、pp.250

は、「ハードSF特有のこだわり」で構築された傑作で、いわゆる「バカSF」の元祖。オロモルフは、複素関数論の正則性(オロモルフィック)からとられました(現代「バカSF」の傑作、法月綸太郎「ノックス・マシン」については、本稿《4-3》をご覧ください)。

第1章、オロモルフ号は、突如出現した“敵”の「正則領域」を航行したのち、リーマン面を通過して裏面に停留、敵に真性特異点を作らせることで自己矛盾に追い込み消滅させます。第2章は四次元方程式の変数分離とヘルムホルツ方程式、第3章はブラックホール・シュヴァルツシルト解のクルスカル・スゼッケル座標変換、第4章は漸近級数展開、第5章は可算無限濃度からの跳躍による正則性の獲得をネタとします。これが小説になるという驚異。数式満載で、エキサイティングな展開、“複素関数論マニア” には堪らない魅力を放つ傑作です。

次の写真は、早川書房、単行本版『宇宙船オロモルフ号の冒険』の帯と書影

下図は同書バードカバー版 p.302 図1、第1章、メロモルフィック法へと到る壮絶な戦闘の図解。

この『宇宙船オロモルフ号の冒険』、長い間 “品切れ再販予定無し” でしたが、幸いなことに、国立国会図書館デジタルコレクション(NDL)の個人送信サービスを利用できます。「国立国会図書館利用者の本登録(無料)」が済んでいれば、直ちにオンラインで読むことができます。詳細は、当webサイト『理系書探訪』の記事「国立国会図書館の個人向けデジタル化資料送信サービスについて」をご覧下さい。

インターネットで読める

石原藤夫『宇宙船オロモルフ号の冒険』、早川書房(1982年)、ハヤカワ文庫JA 191(1984年)

1-2 石原藤夫の『銀河旅行シリーズ』と恒星間飛行

SFには、アイザック・アシモフ『ファウンデーションシリーズ』(銀河帝国興亡史)のハイパースペースジャンプ(超空間跳躍)、ダン・シモンズ『ハイペリオンシリーズ』のワールドウェブ(転位網)、テレビドラマ『スタートレックシリーズ』のワープ航法などなど、宇宙船のさまざまな超光速航法が登場します。

石原藤夫も自身のハードSF小説「ホワイトホール惑星」(『ブラックホール惑星』に収録;本稿《3-6》参照)では、惑星開発コンサルタント社の万年若手調査員ヒノとシオダが乗り込む調査艇 “ヒノシオ号” の推進システムを「黒白穴帆型」に改修、光速の1.8倍の速力を実現しています。この黒白穴帆型動力炉ではブラックホール・ホワイトホール反応を使っていて、なんと、普通のSF小説なのに、本文中に5ページに渉って、数式を駆使してその事実を「証明」しています。

それはさておき、石原は、中近未来、遠未来の現実的課題としての「恒星間飛行」の可能性を真剣に検討しました。ジョージ・ガモフ『不思議の国のトムキンス』は頼りにならず、結局、基礎方程式から問題状況に合わせて理論計算し、計算機シミュレーションを繰り返して解釈を改めるという地道な作業です。それら研究の結果は『銀河旅行シリーズ』として8冊の著作にまとめられました。これらのうち、講談社ブルーバックスの5冊は国立国会図書館デジタルコレクションの個人送信サービスで読む事ができます。詳細は、本稿の記事《3-1》《3-2》《3-3》《3-4》《3-5》をご覧ください(オロモルフ博士をはじめとする、関係各位のご尽力に感謝)。

このリストの5番目、『光世紀の世界』(豪華A3判箱入り)は、当初、私家版として出されたデータ集を印刷したもの。この幻の大作については、リストの7番目『《光世紀世界》への招待』に写真入りで詳しく紹介されています。

この『銀河旅行シリーズ』の記念すべき第1冊が、本稿表題作『SF相対論入門』です。本シリーズ、最後のブルーバックス(リストの6番目)『銀河旅行と一般相対論』の「まえがき」には、『SF相対論入門』について、

みなさんがSFの主人公となって、〈銀河旅行〉に出発したとしたら、当然、自分の眼、自分の身体で、奇妙な相対論的効果を見たり、経験したりするだろう。ところが、私が研究者とSF作家という二足のわらじを履くようになったころには、まだ、そのような(中略)解説書はまったく見る事ができなかった。その事に不満をもった私は、幸い、理系の人間であったので、相対論の専門書をSF的な場面に当てはめて問題を解き、SFの主人公が実際にどのような相対論的効果を見聞するかについて研究しはじめた。その結果は、幸いにして皆さんに好評をもって迎えられ、これまで、本書を含めると六冊の著書に収められた。その第一は『SF相対論入門』で、これは、仮に〈銀河旅行〉ができたとして、その乗組員が何を見、何を感じるかを、相対論の入門書を兼ねて記したものだった。幸い大好評で、すでに初版から十五年を過ぎているにもかかわらず、毎年版を重ね、今でも読者からよくお手紙をいただいている。(石原藤夫『銀河旅行と一般相対論』、p.5-6より

という感慨を述べています。

『SF相対論入門』の宇宙旅行では、ハイパースペースジャンプやワールドウェブといった架空の原理に基づく航法ではなく、現代物理学で計算可能な「常時一定加速航法」を取り上げて検討しています。

ところで、チャールズ・シェフィールドの本格ハードSF『マッカンドルー航宙記』では、50G(地球表面での重力加速度の50倍)を超えるレベルでの一定加速航法を採用しています。熟練の戦闘機パイロットでも9Gの加速度に数秒間晒されると失神すると言われていて、50Gでは生体組織が押し潰されます。そこで、船内加速度 1G 程度に下げるために、宇宙船の前方に富士山の3倍程度の質量(9兆トン)の「ディスク」を伴走させた相殺航法(バランス航法)を採用します。小説『マッカンドルー航宙記』のなかでは、9兆トンの船体を50Gで加速し続けるための燃料確保の問題も解決しています。なお、石原の『SF相対論入門』では、宇宙船自体の加速度自体は1Gで十分として、数々の結果を導いています。

講談社ブルーバックスの『銀河旅行シリーズ』を執筆していた、ちょうどそのころ、石原は、SF小説『ランダウの幻視星 : 光世紀パトロールシリーズ』を上梓しました。この小説では、光世紀世界を舞台として、皆さん御馴染み、惑星開発コンサルタント社調査員、ヒノとシオダが活躍します。光世紀世界の一般論は、石原藤夫『《光世紀世界》への招待 : 近距離の恒星をさぐる』、裳華房(1994)が詳しく、その冒頭にはつぎの言葉があります:

《光世紀世界》とは、太陽を中心とした1光世紀 —— すなわち直径100光年 —— の球状宇宙のことである。そこには千数百の既知の、あるいは未知の恒星が存在しており、われわれ人類の訪問を待ちあぐねている。

この本『《光世紀世界》への招待』、全165ページで、91ページ以降に光世紀星表を掲載しています(超大作『光世紀の世界』のほんの一部分ではありますが、、、)。前半には、この光世紀星表の由来、読み方と使い方の丁寧な解説があります。この光世紀星表を駆使して、名作『ランダウの幻視星』(のちに、徳間書店から『光世紀パトロール』として文庫化された)などが書かれたようです。なお、文庫判『光世紀パトロール』の冒頭には光世紀の詳細な星図が掲載されています。

2 内容紹介

石原藤夫『SF相対論入門 : 宇宙旅行と四次元の世界』、講談社ブルーバックスB-178(1971)≫ 本稿《3-1》参照

本書、石原藤夫『SF相対論入門 : 宇宙旅行と四次元の世界』は講談社ブルーバックスとして出版された相対論の入門書で、本人によれば「一般相対論のやさしい解説書としては日本で最初だった」とのこと(Anima Solaris:著者インタビュー〈石原藤夫先生〉)。この入門書、SFファンの期待に応えて,ケンタウルス座アルファ星への旅案内から始まります。

アルファ・ケンタウリと言えば、小松左京『果てしなき流れの果てに』第七章で、二十一世紀半ばに大地震と地質変動で海に沈んだ日本を離れ、冥王星のケルベロスフェリー基地から旅立つ日本人家族200組からなる人類史上初の恒星移民団が向かう移住先惑星のある恒星です。石原藤夫によれば、太陽系からの距離は、たったの 4.3 光年、しかもスペクトル型などが太陽とよく似ていて、「仲のよい兄弟同士」であるとのことで、恒星間旅行の優先順位No.1の星です。

2-1 SF作家の書く相対論の入門書とは?

『SF相対論入門』の「まえがき」で、石原は本書の趣旨を

魅力あふれる相対性理論を数少ない研究者や学者の所有物としておくのではなく、ひろく一般の人々に開放し、楽しみながら理解していただくことを意図して書かれたもの

と説明します。そのため、「教科書的な記述よりも、むしろSF的なシチュエイションに関する視覚的な説明に重点をおいて」書かれました。本書出版当時、類書が存在しなかったこともあり、大好評を博して、「石原の銀河旅行もの」として、ブルーバックスからだけでも5冊が出版されることになります。それぞれのSF的シチュエーションが相対論の演習問題に載っているわけはなく、結局、石原自身が問題を解きながら、計算機を回して研究を進めて行きます。そのため、石原の科学エッセイは、結果的に計算機シミュレーションを多用したイラストや図解が豊富、説明が丁寧、ということになる、すばらしいことです。さて、目次構成を確認しておきましょう。

『SF相対論入門』目次

2-2 相対論の概要

さて、アルバート・アインシュタイン(1879 - 1955)の相対論は「特殊相対論」と「一般相対論」に分かれます(相対論は相対性理論の短縮形)。特殊相対論は、慣性座標系の同等性から出発する理論で、1905年の論文「動いている物体の電気力学」とその後に追加された数編の論文を合わせた内容の総称。一方、一般相対論は重力が時空と座標系の性質で決まるという等価原理から出発する理論で、1915年から16年にかけて発表された論文の内容の総称です。

特殊相対論からは有名な \( E=mc^2 \) という式が導出されます(この式の導出は難しくありません。相対論的な運動エネルギーの式をべき級数展開した初項です)。一般相対論からは宇宙の発展やブラックホールの存在が飛び出します。特殊相対論も一般相対論も、初心者を惑わす“美しい方程式”に集約されます。そのため、特殊相対論は世界線とか光円錐、ローレンツ変換などを理解すればわかった気になってしまい、一般相対論は、リーマン幾何における測地線方程式の取り扱いをひと通り使いこなすようになれば、その空間の曲がり具合を決定する方程式がアインシュタイン方程式なので、あとは力づくで解けばいいかと安易に思いこみ、これもわかった気になってしまいます(実は簡単ではないのですが)。

ところが、これが大間違いで、よくよく考えると目が廻ってしまう事態が頻出します。数式で理解したつもりでも、理解に幅がない。では、「わかった」ってどういうことなんだろうと考え込んでしまいます。そんなときのガイドラインのひとつが、本書で石原が主張する「SF的シチュエイション」なのです。

2-3 内容紹介

本書で石原が展開する「SF的シチュエイション」をみてみましょう。1 〜 3 は特殊相対論、4 〜 7 は一般相対論、各数字は章番号と対応します。

1. はローレンツ短縮(ローレンツ収縮)とドップラー効果の影響度の比較、光行差による天球の見え方の変化を検討して宇宙船の船窓からの光景を“再現”します。2. では、光速度付近で運動する物体のローレンツ短縮がそのまま見える、というガモフ的で単純な説明でなく、観察者との間で成立すべき幾何光学を考慮した議論を展開。それによれば、接近時は相手の船体は伸び、離去時は縮む。どの程度、伸縮するか、詳細な解説イラストがあります。ロジャー・ペンローズが指摘し、ジェームス・ターレルが詳細を示した内容、「まさに、すれ違う宇宙船は、“回転して見える”」という話が、さまざまなイラストを使って披露されます。

理論から帰結する現象だけでなく、相対論を導く“指導原理”も説明されます。

特殊相対論は、“相対性の原理”と“光速不変の原理”から導かれます。一方、“一般相対性の原理”と“等価原理”を満たすように、特殊相対論を拡張すると一般相対論が得られます。ややこしいのは、3番目の“一般相対性の原理”で、これは、特殊相対論で導入された“四次元時空”という概念を、“四次元リーマン時空”に置き換えることで、ようやく達成されます。

四次元リーマン時空では、四次元時空の各点ごとに、計量テンソル(物差しの尺度で4行4列の行列で表現できる)の値を与えます。この値が、各点における重力ポテンシャルを意味すると解釈して、“等価原理”を組み入れるのです。このあたりの事情は、4章の四次元空間の湾曲の意味の解明として30ページに渉って詳述されます。なお、本書の後半では、SF的シチュエーションの各論が目白押しです。フリーマン・ダイソンの「二重星型重力マシン」、アーサー・C・クラークの「反重力物質」、宇宙船を加速しても宇宙そのものを加速しても結果は同じか?といった一般相対論に関する話題も解説されます。

3 国立国会図書館(NDL)個人送信サービスから

このコーナーでは、国立国会図書館(NDL)デジタルコレクションの個人送信サービス(無料)を利用して、手元端末で閲覧可能な書籍を紹介します。下の各記事のバナー「国立国会図書館デジタルコレクション」からログイン画面に入ります。未登録の場合、そこから「個人の登録利用者」の本登録(国内限定)に進むことができます。詳細は当webサイトの記事「国立国会図書館の個人向けデジタル化資料送信サービスについて」をご覧下さい。

3-1 石原藤夫『SF相対論入門』

石原藤夫『SF相対論入門 : 宇宙旅行と四次元の世界』、講談社ブルーバックス B-178(1971)

石原藤夫の多くの著作と同様、本書も“品切れ再販予定なし”に分類されているようですが、国立国会図書館利用者の本登録(無料)が済んでいれば、国立国会図書館デジタルコレクションの「個人送信サービス」を利用して直ちにオンラインで読むことができます。

インターネットで読める

石原藤夫『SF相対論入門 : 宇宙旅行と四次元の世界』、講談社ブルーバックス B-178(1971)

3-2 石原藤夫『銀河旅行』

石原藤夫『銀河旅行: 恒星間飛行は可能か』、講談社ブルーバックス(1979)

アイザック・アシモフの銀河帝国興亡史シリーズは、“超空間跳躍(ハイパー・スペース・ジャンプ)”という未来技術を使った超光速航法を前提とする壮大な物語。それに対して、石原は、せいぜい数光年程度の宇宙に着目します。1970年代、地球から約5.9光年離れたへびつかい座のバーナード星などを念頭に、恒星間航行を可能とする原子力推進の宇宙船が計画され(ダイダロス計画)、これを契機に、「恒星間飛行」の研究が本格化しました。石原藤夫『銀河旅行: 恒星間飛行は可能か』は本邦初の恒星間飛行の案内書です。

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石原藤夫『銀河旅行: 恒星間飛行は可能か』、講談社ブルーバックス B-376(1979)

3-3 石原藤夫『銀河旅行 PART Ⅱ』

石原藤夫『銀河旅行 PARTⅡ: 21世紀の宇宙旅行』、講談社ブルーバックス(1979)

『銀河旅行 : 恒星間飛行は可能か』では、主に近未来の宇宙推進システムが解説されましたが、本書では、中近未来の推進システムやナヴィゲーションシステムなどが語られます。

インターネットで読める

石原藤夫『銀河旅行 PARTⅡ: 21世紀の宇宙旅行』、講談社ブルーバックス B-379(1979)

3-4 石原藤夫『銀河旅行と特殊相対論』

石原藤夫『銀河旅行と特殊相対論: スターボウの世界を探る』、講談社ブルーバックス(1984)

本稿の表題作『SF相対論入門』には、各項目を詳細に検討し、時代に合わせて内容を発展させた続編が2冊あります。これらは、銀河旅行と相対論の融合を試みたもので、特殊相対論関係と一般相対論関係に分冊されています。

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石原藤夫『銀河旅行と特殊相対論: スターボウの世界を探る』、講談社ブルーバックス B-590(1984)

3-5 石原藤夫『銀河旅行と一般相対論』

石原藤夫『銀河旅行と一般相対論: ブラックホールで何が見えるか』、講談社ブルーバックス(1986)

ブラックホールによって光がどのように曲げられるか、重力レンズ効果、ブラックホールへの突入等々、自身のシミュレーション結果が、多くの図を使って分かりやすく説明されます。ブラックホールをおなかに乗せたヌイグルミさんの見え方に関する計算結果は必見です。第2章以下では、ブラックホールに関連した様々な話題が議論されます。SF作家の「わかった!」は、こういうことなのかと、改めて脱帽です。

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石原藤夫『銀河旅行と一般相対論: ブラックホールで何が見えるか』、講談社ブルーバックス B-672(1986)

3-6 石原藤夫『ブラックホール惑星』

石原藤夫『ブラックホール惑星』、ハヤカワ文庫JA(1979)、pp.276

ご存知、惑星開発コンサルタント社調査員、パイロットのヒノと情報分析担当のシオダが大活躍するSF小説「惑星シリーズ」後期の傑作集。収録作品は、「ブラックホール惑星」、「ホワイトホール惑星」、「情報惑星」の3点。

巻頭を飾るのは「ブラックホール惑星」。
質量1g以下のマイクロ・ブラックホールをお茶漬けにして食すると、超人的な能力が得られる一方、強い幻覚剤としても作用し中毒性があることもわかり、宇宙警察が乗り出す事態に。情報を得た惑星開発コンサルタント社は、高値で売買されるというこのマイクロ・ブラックホールに目をつけ、三十ほどの恒星系の開発権を獲得、オシハラ調査課長の命により、ヒノ、シオダ、そしてロボットのアールは、調査艇ヒノシオ号に乗り込みマイクロ・ブラックホールを大量に埋蔵するとされる、通称《ブラックホール惑星》に向かう。艇内では昭和の香り漂う『社歌』や『開発音頭』、『応援歌』も飛び出す。《ブラックホール惑星》では、ブラックホール人も登場、やがて、例によってドタバタの展開に突入する。情報担当シオダが、ヒノに淡々と相対論やブラックホールの基礎知識を伝授する場面もあり、勉強にもなります。

つぎは、本文でも紹介した「ホワイトホール惑星」。
新しくヒノシオ号に搭載された黒白穴帆型推進システムの原理が明かされ、その愛艇を駆ってのハードSF。ホワイトホール惑星周辺に出没する重力遮断怪獣を相手に、どこか、オロモルフ号の大冒険を彷彿とさせる展開が待っています。なお、巻末には「ヒノ・シオダ昇給審査用『調査業績一覧表』」を掲載、マニア必見です。

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石原藤夫『ブラックホール惑星』、ハヤカワ文庫JA(1979)

4.書斎の本棚/図書館の書棚から

このコーナーでは、本文に登場した本、関連書籍をさらに紹介します。

4-1 ランダウ=リフシッツ『場の古典論 』

ランダウ=リフシッツ『場の古典論 =電気力学、特殊および一般相対性理論=(原著第6版)』、東京図書(1978)

相対論といえば、ランダウ=リフシッツ『場の古典論』が有名で、特殊相対論的力学への助走部分から早くもテンソル解析に突入します。ランダウ=リフシッツ理論物理学教程では、「よく知られた公式から」と書いてあれば追いつくのに半日、「簡単な計算から」ならば行間を埋めるのに1週間、「やや長い計算から」は1ヶ月という記憶があります。ところが、本書『場の古典論』には、なんと、他巻にはない「かなり長い計算から」が登場します(マニア必見)。しばらく、“品切れ” だったこの名著、最近、復活を遂げているようです。

4-2 石井俊全『一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する』

石井俊全『一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する』、ベレ出版(2017)

上記のランダウ=リフシッツ『場の古典論』が昔風の「崖を攀じ登れ」というロッククライミング型の教科書であるのに対して、無理のないルートを選び、そこに階段を切って、道のりは長いけれど、目標地点に確実に到達できるよう工夫された参考書が出版されるようになりました。その代表が石井俊全『一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する』です。672ページと大部ですが、高校学習参考書のような2色刷りで、数式の変形箇所には手書き風ガイドがついています。数学の準備はベクトル解析の基礎から、物理の準備ではニュートンの運動方程式や電磁気学の基礎から始まります。道のりは長いのですが、各ページを無理なく理解し、納得して進むことができます。これで、アインシュタインの重力方程式とシュワルツシルト解まで “数式で” たどり着くことができます。

4-3 法月綸太郎「ノックス・マシン」(大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選 超弦領域』収録)

大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選 超弦領域』、創元SF文庫(2009)

推理小説には遵守すべき厳格なルールがあります。特に、未知の自然現象をトリックに組み込むことは固く禁じられ、SF的ガジェットの使用など以ての外です。そんなふうに、爪弾きされたSFですが、そのSF小説一般からも弾き出されるのが「バカSF」。これは数理科学の様々な専門分野における原理、原則、定理、補題、微妙な反例などを絶対的ルールとし、その道の専門家(いわゆる、専門バカ)しか知り得ない難解なルールを巧妙に使うほど、おバカ度が増します。荒唐無稽な話じゃありません。これほど、サイエンスに厳格なのに、何故かしら、「いいかげんにしろ、勝手にやってろ」と罵声を浴びせられて、“あちら” の世界の物語に分類されてしまう。ところが、マニアには、それがまた心地よいらしいから、アラ不思議。

そんなあなたに、進化系バカSFの傑作、法月綸太郎「ノックス・マシン」を紹介しましょう。この人、推理小説、ミステリー界のビッグネームですが、こんな作品も書くのですね。物語は、上海大学パラ人文学部のユアン・チンルウが、イギリス人作家ロナルド・ノックスによる『ノックスの十戒』(1928年発表)という文章を博士論文のテーマに選ぶことから始まります。ユアンは、数理文学解析を使い『ノックスの十戒』を方程式化、得られた10次元マトリクスを基底とするノックス場を解析、これに二人ゼロ和有限確定完全情報ゲームアルゴズムを組み込み、さらに No Chinaman 変換を施したノックス場が、60年というタイムスケールの固有ソリトン波解をもつことを突き止める、という話し。これから、北京の国家科学技術局が絡んでの怒濤の展開が待ってます。2008年『年刊日本SF傑作選 超弦領域』の冒頭を飾る法月綸太郎「ノックス・マシン」、脱帽です。

4-4 ミチオ・カク『人類、宇宙に住む』

ミチオ・カク『人類、宇宙に住む : 実現への3つのステップ』、NHK出版(2019)、pp.450

著者、ミチオ・カク(1947-)は『超弦理論とM理論』で有名なニューヨーク市立大の理論物理学者。日系3世。弦理論で学会をリードする一方、一般向けディスカバリーチャンネルなどのTV出演で人気を博す。一般向け科学解説書を数多く執筆、ベストセラー作家です。精確無比な分析と歯切れのよい文章、特に、難解な概念を身近な具体例で解き明かす技量は並みの才能ではありません。本書の原題は

  • The Future of Humanity:
    Terraforming mars, Interstellar travel, Immortality and our Destiny beyond Earth, (Doubleday 2018):(人類の未来:火星テラフォーミング、恒星間旅行、不老不死、そして地球を越える人類の運命)

です。目次詳細にあるように、本書では、人類が宇宙に進出するための、ありとあらゆる課題が総括されています。そこまで考えますかという感じです。このミチオ・カク、SF作家ではなく超一級の科学者。説得力が違います。

カク『人類、宇宙に住む』目次

プロローグ

はじめに 多惑星種族へ向けて
(宇宙に新しい惑星を探す/宇宙探査の新たな黄金時代/テクノロジー革新の波)

第I部 地球を離れる
第1章 打ち上げを前にして
(ツイオルコフスキー:孤独なビジョナリー/ロバート・ゴダード:ロケット工学の父/嘲笑われて/戦争のためか平和利用か/V2ロケット、上がる/戦争の恐怖/ロケット工学と超大国の競争/スプートニクの時代/宇宙で取り残されて)
第2章宇宙旅行の新たな黄金時代
(再び月へ/月を目指す/恒久的な月基地/月に住む月での娯楽や気晴らし/月は何から生まれたのか?/月面を歩く)
第3章 宇宙で採掘する
(小惑星帯の起源/小惑星で採掘する/小惑星の探査)
第4章 絶対に火星へ!
(火星を目指す新たな宇宙レース/宇宙旅行は休日のピクニックではない/火星へ行く/初の火星旅行)
第5章 火星——エデンの惑星
(火星に住む/火星のスポーツ/火星の観光/火星——エデンの園/火星をテラフォーミングする/火星の温暖化を始動させる/臨界点に達する/テラフォーミングは持続するのか?/火星の海に起きたこと)
第6章 巨大ガス惑星、彗星、さらにその先
(巨大ガス惑星/巨大ガス惑星の衛星/エウロパ・クリッパー/土星の景/タイタンに住む?/彗星とオールトの雲)

第I部 星々への旅
第7章 宇宙のロボット
(AIー未熟な科学/次の段階|真のオートマトン/AIの歴史/DARPAチャレンジ/学習する機械/自己複製するロボット/宇宙で自己複製するロボット/自我をもつロボット/最善のシナリオと最悪のシナリオ/意識の時空理論/自我をもつ機械を作る?/ロボットはなぜ暴走するのか?/量子コンピュータ量子コンピュータができていないのはなぜか?/遠い未来のロボット)
第8章 スターシップを作る
(レーザー帆の問題/ライトセイル/イオンエンジン/一〇〇年スターシップ/原子力ロケット/原子力ロケットの欠点/核融合ロケット/反物質スターシップ/核融合ラムジェットスターシップ/スターシップが抱える問題/宇宙へのエレベーター/ワープドライブ/ワームホールアルクビエレ・ドライブ/カシミール効果と負のエネルギー)
第9章 ケプラーと惑星の世界
(われわれの太陽系は平均的なものなのか?/系外惑星を見つける方法/ケプラーの観測結果/地球サイズの惑星/ひとつの恒星を七つの地球サイズの惑星がめぐる/地球の双子?/浮遊惑星/型破りの惑星/銀河系の統計調査)

第皿部 宇宙の生命
第10章 不死
(世代間宇宙船/現代科学と仮死状態/クローンを送り込む/不死を求めて/老化の遺伝的要因/論議を呼ぶ老化理論/不死に対する異なる見方/人口爆発/デジタルな不死/心をデジタル化するふたつの方法/魂は情報にすぎないのか?)
第 11章 トランスヒューマニズムとテクノロジー
(怪力/自分を強化する/心の力/飛行の未来/CRISPR革命/トランスヒューマニズムの倫理/ポストヒューマンの未来?/穴居人の原理/決めるのはだれか?)
第 12章 地球外生命探査
(SETI/ファーストコンタクト/どんな姿をしているか?/地球上の知能の進化/「スターメイカー」のエイリアン/ヒトの知能/異なる惑星での発展/エイリアンのテクノロジーを阻む自然の障害/フェルミのパラドックスーみんなどこにいるんだ?/われわれはエイリアンにとって邪魔なのか?)
第13章 先進文明
(カルダシェフによる文明の尺度/タイプ0からタイプーへの移行/地球温暖化と生物テロ/タイプー文明のエネルギー/タイプ=への移行/タイプ=文明を冷やす/人類は枝分かれするのか?/銀河における大移住われわれはどこまで枝分かれするのか?/共通の本質的な価値観/タイプ川文明への移行/レーザーポーティングで星々へ/ワームホールとプランクエネルギー/LHCを超える/小惑星帯の加速器/量子のあいまいさ/ひも理論/対称性の力/ひも理論への批判/超空間に住む/ダークマターとひも/ひも理論とワームホール/大移住が終わる?)
第 14章 宇宙を出る
(ビッグクランチ、ビッグフリーズ、ビッグリップ/火か氷か?/ダークエネルギー/黙示録からの脱出/タイプIV文明になるインフレーション/涅槃/スターメイカー/最後の質問)

謝辞/訳者あとがき/原注/推薦図書/索引

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